【梶原真智 連載コラム ワンハンドキッチン】国越えたチリ大豆煮込み

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ハンデを抱えながら生きていく中で変わったのことの一つが、季節の感じ方。朝日がさす時間や白く煙る吐息よりも、どうしても触れてしまう車輪の温度でいまを確認するようになってずいぶん経ちました。温まろうと作る煮込み料理に思うのは、心と体のバランスが相当密接であるということ。食べることでお腹の中から元気になる。「おいしい」「あったかい」がほぐすのは内側にこもる苛立ちや焦りだったりもするようで。

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怪我をしたのは冬でした。春に向かい気候は穏やかになるのに体の回復とは裏腹に飲み込むのが当たり前になっていった怒りや哀しみが、雪だるま式に少しずつ大きくなって気がつくと自分を押しつぶしかけていました。頑張ってという声掛けに笑顔で頷けるようになってはいたけれど、「あの人はこうだった」「この人はどうだった」様々に聞かされる感動のエピソードに期待の圧力を感じていました。自分はそんなことできない、そう、言うことも許されない。みんなが思うような、健気な姿には成れない。自分らしさって何だろう。いつまで「誰かのいい子」でいなきゃいけないんだろう。様々な思いに追い込まれても自分は笑顔でいなくちゃいけない。ため息さえも飲み込むのが正しいのだと当時はもうそれしかできないと思っていました。

そんな自分の様子をみかねた父の勧めもあり日本でのリハビリは切り上げ卒業。トレーニングを受ける機会を得て一時的に移住することになりました。しかし生活するようになった福祉先進国といわれている場所でも、日常的に差別や暴力、虐待はありました。自信がなくコミュニケーションも図れない自分は当初、戸惑うことばかり。聞いてた素晴らしい概念や環境なんて対外的な見せ方だったのを悟るのに時間は必要ありませんでした。アジア人、女性、車いす。存在すら認めてもらえない。吐き捨てるような対応も無視も罵声も浴びる。けれどそんな中だからこそ、気がつくと負けん気が顔を出していきました。

トレーニングの末、例え他者の手を借りずに生活ができるようになったとしても当時の日本では、何かあったら一大事と一見すれば保護のような、障害者にはなにもさせない隔離が当たり前。でも、ここは日本じゃない。何かしないと生活は厳しい。階段しかない安アパートでも貯えが少なくなっていくプレッシャーはきつい。とはいえパフォーマンスのショー以外できる仕事なんてないと思っていた自分に、時間があるならとある時アルバイトの声がかかりました。古い小さな飲食店で任されたのは皿洗いや片付け、掃除。自分より背の高いモップの柄や重い大きな皿に振り回され、失敗するとどやされる。毎日へとへとになりながら、今思えば体力も根性もここで改めて鍛えられたように思います。

ところがある日のランチに「あるもので好きにしていい」といわれたことが大きな転機になりました。余ったサンドイッチやコーヒーで済ませるのだと思われていた車いすの子が急にナイフをふるいだす。しかも片手で。その時には全く気がついていなかったのですが、いつのまにかキッチンカウンターを腕組みしたスタッフが取り囲んでいました。転がる野菜はブックエンドで押さえて捌く。フライパンはワゴンの端で斜めに保つ。かたまり肉ははさみの入れ方次第。火のつけ方や調整は掃除のついでに確認済み。周りの目なんて気にする暇なくどんどん進める手元にスタッフの目は釘付け。バサバサのパンに合う、とろけるような煮込み料理が完成すると周囲は一気に変わりました。スタッフ達の味見の量は半端なくて自分の食べる分はわずかになっていましたが、それでも国を越えて『おいしい』が心通わせた一時。
その日以降はまかないを日替わりで作らせてもらうようになりました。面白い子がいる、とわざわざ探しにくる人が増え作った料理が減る度に、自信が少しずつ戻ってきたことを今でも覚えています。言葉こそはたどたどしいけれどバックヤードのキッチンにあるのはできるか、できないか。やるか、やらないか。つくるか、つくれないか。おいしいか、おいしくないか。ただそれだけ。そうした厳しい状況を経験したからこそ、今の穏やかな力強い「普段」を手に入れたのかもしれません。

今日紹介したいのはそんな時代に作っていた人気の煮込み料理。材料さえそろえば簡単に作れる内容です。両手が使える方も是非、片手で作ってもらえたら。

【材料】
牛肉 400g、玉ねぎ 1玉、大豆水煮袋 1個、にんにく 2片、赤ワイン 1/2カップ、ブイヨン 1個、水2カップ
オリーブオイル、チリパウダー、塩、胡椒、小麦粉、トマトケチャップ 各適量
※4人分のイメージです

【手順】
①材料を切る
キッチンバサミで一口大に肉を切る
※カットされているものでも一度は切れ目をいれておく

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玉ねぎ、にんにくは適度にざく切りにする
※転がりやすいので最初は面を作る
※安定すると加工しやすくなる
※にんにくは一度ナイフの面で潰してからの方が切りやすい

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②味をつける
牛肉を鍋に入れ塩、胡椒、ワインを入れて15分漬けておく
※ビニール袋の上方からぐるぐる回していくと結び目は簡単につくれる

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15分漬けた牛肉だけを別皿にとり小麦粉をまぶす

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ざく切りにした玉ねぎとにんにくを耐熱容器に入れ電子レンジにかける
※500w5分、混ぜて、さらに5分かける

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③材料を炒めて煮込む
オリーブオイルで玉ねぎ、にんにくを炒める
※小麦粉をまぶした肉を後から追加し焦げやすさに注意しながら炒める

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漬けたときのワイン、トマトケチャップ、水、大豆水煮を加えて煮込む

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30分を目安に胡椒、チリパウダーを入れる

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明るいのは壁の向こうだと思っていた。
暗いほうを向いていたのは自分だった。
ほんの少しのひらめきが世界を変えることもある。
スタートラインはいつでもそこに。
思いついたらすぐできるチリ大豆煮込み、出来ました。

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