映画監督と、会社員。牧原依里さんの二足のわらじ(後編)

映画『LISTEN リッスン』共同監督/博報堂DYアイ・オー社員  牧原依里さん

 

製作した映画『LISTEN リッスン』が昨年劇場公開、映画監督としての顔をもつようになった牧原さん。共同監督である舞踏家で聾者の雫境(DAKEI)さんといっしょに、企画から撮影、編集、宣伝広報まで、自分たちで手がけた。

2人が選んだ映画のテーマは「聾者の音楽」。牧原さんにとって、ずっと「音楽」は気になるテーマだった。

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©2016Deafbird Production

聾者も映画がとれる時代になった

―会社員として働いていた牧原さんが、映画を撮りはじめたきっかけはなんだったんですか?

牧原
2013年にイタリアに旅行に行ったんです。そのときたまたま、『ローマ国際ろう映画祭「CINEDEAF(シネデフ)」』がやっていて。聾者が制作した映画を集めた映画祭で、立派な映画館を貸し切ってやっていたんです。それを見て、いまの時代はこういうことができるんだと思いました。

わたしは小さいころから、映画が大好きだったんです。昔はテレビに字幕がなかったので、映画を借りて家族でいっしょに見るのが習慣で。聾の家族は、そういう人が多いと思います。昔ながらの映画制作の現場は、やはり聴者がつくった制作システムなので、さまざまな人たちとその場その場で、コミュニケーションをとらなければならず、聾者にとってハードルが高いと感じていました。でもフィルムからデジタルシネマに変わったいま、気軽に撮れる時代になったんだと実感したんです。そこで自分にもできるんじゃないかと思って、日本に帰って来てから、映画づくりを学べる学校を探しました。

―すごい行動力ですね。

牧原
自分の中にある思いをどうやって表して良いのか、ずっと葛藤があったんです。言葉にできない部分、言い得ない部分を映画で表してみたいと思って。それは聴者の人にとっても、同じだと思いますが…。

それで聾者も受け入れてくれる専門学校を見つけて、仕事をしながらそこに通うようになりました。あるとき、脚本から撮影、編集まで全部自分1人でやる課題があって。15分くらいの短編をつくりました。それでやってみたら、できるなって。何より映画をつくるのが、楽しいと思いました。
その短編は、優秀作品として選ばれて、新宿の映画館で上映される機会にも恵まれました。

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©2016Deafbird Production

聾者の「音楽」って、なんだろう

―そして、その次に製作したのが、映画『LISTEN リッスン』だったんですね。

牧原
友達と次の映画をつくるなら、どんなのがいいかなと話しをしていたときに「聾と音楽」が急に頭の中に舞い降りて。昔から聾の世界の音楽が、すごく気になっていたんです。

―監督メッセージで、聴者の音楽を振動で楽しんだりということはなく、物理的にまったく音や振動を感じなくても、音楽をしている人たちを見ていると心から揺さぶられることがある。音を使わず、手の動きで韻をふむ手話詩を見たときにも同じようなカタルシスを感じた。そのとき手話そのものに音楽があるということに気が付いた、「無音から生まれる音楽は常に傍にある」と、書かれていましたね。

牧原
聾者の世界は音のない世界です。でも物理的な音はなくても、そこに音楽があるはずだと思うんです。ただ言葉にされていないから認識されていないだけで。それを映画で捉えたいなと思いました。

―撮影はどうやって進めたんでしょうか?

牧原
そもそも「聾者の音楽」というものに、自分の考えをきちんと持っている聾者が、自分も含め、いませんでした。学校などで聴者の音楽をもちろん習ってはいるのですが…、深く考えたことがない、言われてはじめて気づくという感じなんですね。なのでいっしょに「聾者の音楽」とは何かということを考える、発見することからはじめました。

それぞれの人の中にある、「音楽」を引き出す必要がありましたが、それは難しいことでした。それで舞踏家で、同じ聾者の雫境(DAKEI)さんならできると思って共同監督をお願いしました。

平日は仕事があったので、主に土日を使って撮影を続け、約2年間かけて制作しました。
まさか配給されると思っていなかったので、会社には映画をつくっていることを話していなくて。映画館での上映が決まったときに、会社にも報告したところ、すごくびっくりされました。でもそれから、会社もすごく応援してくれて、感謝しています。

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©2016Deafbird Production

「観終わった後、なぜかすっきりしている自分がいた」

―映画を観たお客さんからの印象的だった感想は何かありますか?

牧原
ほんとにいろんな感想をいただいて、わたしも勉強になったんですけれども…、印象に残っているのは、劇場に貼ってあった感想文の1つです。「1回目見たときは、途中から観てよくわからないから寝てしまった。でも2回目に観たとき、直前に妹とケンカして、すごく怒った気持ちを引きずっていたのに、見終わったらなぜかすっきりしている自分がいた、自分の心の変わりようが不思議だった」と書いてくださっている方がいて。そういう見方をしてくださる方がいるんだと、おもしろかったです。

―これからも、映画監督と会社員の両立をされるつもりですか。

牧原
はい。二足のわらじでやっていきたいなと思っています。
いまは4月にやる「東京ろう映画祭」の準備で大忙しです。

―映画制作だけではなく、映画祭まで企画されているんですか!

牧原
そうなんです。きっかけは昨年フランスで公開された『新・音のない世界』というドキュメンタリー映画です。聾者により近づいた視点からフランスのろう文化を描いていて、良い映画なんです。誰かがこの映画を日本でも上映してくれないかなと思ったんですが、誰もいなかったので、それなら自分たちでやろう、と。この映画のほかに、世界中の聾者が出演、制作した様々な映画やや邦画も上映する予定です。ぜひ聾者にも、聴者にも観に来ていただいて、2つの世界の架け橋になればいいなと思っています。

関連リンク

映画『LISTEN リッスン』
http://www.uplink.co.jp/listen/

東京ろう映画祭
2017年4月7日(金)~9日(日)、渋谷・ユーロライブにて開催!
https://www.tdf.tokyo/