映画監督と、会社員。牧原依里さんの二足のわらじ(中編)

映画『LISTEN リッスン』共同監督/博報堂DYアイ・オー社員  牧原依里さん

 

牧原さんが働く「博報堂DYアイ・オー」は、社員145名中、74名の障害者を雇用。視覚障害、肢体障害、精神障害などさまざまな障害のある人がいるが、そのうち、40人を聴覚障害者が占める。

そのため社内では、手話は「第二の言葉」。耳が聞こえる社員も、積極的に日本語対応手話(※1)を覚え、コミュニケーションは手話でとることが多いと言う。

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「聾者と聴者、どっちの友達が多い?」

―印象に残っているという入社面接のことを、もう少し教えてください。

牧原
質問がおもしろかったんです。印象に残っているのは、「聴者の友達が多いのか、聾者の友達が多いのか」という質問。どっちが大切か、ということも聞かれて。
確か、聾者の友人は自分の思いも共有できて自分らしくいられるコミュニティの一部、聴者の友達は自分の知らない情報や知識を持っていて自分を成長させてくれる存在で、どちらも大切だ、という風に答えたと思います。

ほかの会社では、「聴者」を基準にした障害に特化した質問が多かったけれど、ここは一人の人間として聾者としてのアイデンティティーについて聞かれました。多様な人たちがいる中で、どうやって関わりを持っていくのかなど、そういった質問が多かったです。

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聾者は、「視る」力がするどいんです

―仕事内容に興味はあったんですか?

牧原
全然(笑)。仕事のことはまったくわからずに入りました。
手話を使えるということもうれしかったですが、それだから入ったというより、そういう聾者と聴者を対等に見ている会社の姿勢に惹かれました。

―なるほど。いまはどんなお仕事をされているんでしょうか。

牧原
いまわたしは経理受託課という部署にいます。親会社である博報堂DYグループの経理関係の仕事の一部を請け負っています。伝票や証憑に間違いがないか精査したり、管理する仕事をしています。

わたしたち聾者は、「視る」ことがするどいので、精査が得意な人が多いんです。もちろん聴者にも得意な人はいらっしゃいますが…。ただ、わたしの場合、入社8年目なんですが、聾者なのに、実はそういった細かい間違いを見つけ出すのが苦手だと最近ようやく気が付きました(笑)

―そうなんですか?でも、きっちりお仕事されているという話ですよ(笑)。職場のみなさんとのコミュニケーションは、どうやってとっているんですか?

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社内では手話が、「第二の言葉」

牧原
手話はざっくり言うと2種類あるんですね。日本語をベースにした日本語対応手話と、手話をベースにした日本手話の2つがあって。会社の人は、主に日本語手話を習得します。なので聞こえる人とコミュニケーションをとるときは、日本語対応手話でやりとりします。深い話まではできない部分もあるんですが、仕事上は問題なく、コミュニケーションをとっています。

会議や今日のようなインタビューのときは、きちんと自分の思いを伝える必要があるので、会社の方で手配をし、手話通訳の人に来てもらうことにしています。

―職場のみなさんも手話ができるんですか!

牧原
そうなんです。うちでは仕事をする上で必要だからと自主的に覚えてくれる人が多くて、だいたいみんな、入社半年ぐらいで手話ができるようになっています。仕事が終わった後や朝活で、聾者による手話の勉強会を開いたりもしています。うちでは手話が「第二の言葉」だっていう言い方をするんですよ。

(後編に続く)

※1 日本語対応手話(手指日本語)
日本語の文法や語順をそのまま当てはめたコミュニケーションツール。このほかに、日本語とは異なる独自の言語体系をもつ「日本手話」がある。