読者からのメッセージ わたしと『コトノネ』③

季刊『コトノネ』は、2025年11月発行の56号をもって休刊しました。

14年間、たくさんの読者の方に支えられた『コトノネ』。

最終号の56号では、読者のみなさまから「わたしと『コトノネ』」というテーマでエピソードを募集し、抜粋してご紹介しました。ここでは、誌面に掲載しきれなかったものや、2025年5月に行った読者アンケートに寄せられたものも含め、みなさまの思いの詰まった言葉をご紹介します。

たくさんのあたたかいメッセージ、本当にありがとうございました。

***

『コトノネ』の表紙をめくると「手に取っていただいて、ありがとう。コトノネは、障害者の『働く姿』を通して『生きるよろこび』を伝えたくて生まれました」とあります。里見さんの想いの込められたこの言葉に魅了され、コトノネの販売を始めました。

2011.3.11の未曽有の東日本大震災をきっかけに生まれた『コトノネ』。やさしい響きの中に耳を澄ませば聴こえてくる言霊のような響き。障害のある人もない人も同じ時を生き、命に優劣はなく『コトノネ』は今を生きるわたしたちに「生きるよろこび」を伝えてくれます。

時と時代を越えて過ぎていく日々に、私の心に響くのはやはり先人たちの苦労の足跡。かつて糸賀一雄や田村一二、池田太郎といった先人たちが知的障害者福祉を切り拓いてきたように、わかりやすい言葉や本で私たちに問いかけてきた福祉。

例えば「ぜんざいには塩がいる」の著者である田村一二さんは、『茗荷村見聞記』でも、彼らは社会の塩の役割をしてくれる存在だと話されていました。『コトノネ』49号で取り上げられていた「職場はもっと、自由になれる」のテーマでは「ぜんざいの塩に恋して」と題して障害種別や程度を越えて、彼らは世の中の塩という考え方に共感し、社訓の「今日できることは、明日やろう」「失敗は他人のせい」といったユニークさが加わって引き継がれていることや、先人の思いを今に引き継いで、その時々の状況で社訓が変わったっていいがなぁ~と思えた緩やかさは、精神障害の人には必要な社訓であり生きやすくなるよなぁ~と笑いながら読んだのが昨日のように懐かしく思い出されます。

早いスピードで様変わりする社会。オゥ!と思える言葉が人目を引いても、変わらないのがまさに「大切なものは目に見えない」世界なのかもしれない。抽象的であいまいでゆるやかで『しんどいからおもろいねん』の『コトノネ』連載の野々村光子さん(みっちゃん)のエッセイに登場する人たちが、まさに社会の宝で、私たちを変革させてくれる存在なのでしょうね。『コトノネ』を生み出してくれた里見さん、ありがとうございました。

若竹福祉会 
村田凉子さん

***

私は会社定年退職後、故郷九州に帰り一念発起してアジア太平洋大学(APU)大学院修士課程に社会人入学し開発経済学を専攻しました。大学時代の専攻が農業政策だったことから、海外の農村開発等を視野に入れて今後の活動を夢見ていました。 

APUがある大分県は一村一品運動が有名で、その海外展開を調べるのもいいかなと思っておりました所、タイでの軍事政権樹立などが関係し、海外の社会調査が難しくなりました。そこで私のアパートがある別府亀川を見回した所、すぐ近くにある太陽の家が50周年を迎えることもあり、そこに何か因縁を感じ、障害者雇用政策を修士論文とすることに決めました。

それからの展開は奇跡の連続だったと思います。農福連携と出会い、『コトノネ』を知り、ワーカーズコープ運動を知ることになりました。これらの全てが、当時農水省におられた吉田行郷先生や熊本在住の宮田喜代志さんとの出会いが私を導いたのだと確信しております。

今の私は、これら全てを投入して離島振興を!と思っております(年齢のことや自分サイドの制約が色々あって悩ましいですが)。

河野 明さん