「ちゃんと『人』に向き合いたかった」ーフリーになった作業療法士 鈴木洋介さん(後編)

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月曜日から土曜日まで、毎日違う職場

いくつかの事業所を掛け持ちする、いわば「フリーの作業療法士」になって3年目の鈴木洋介さん。鈴木さんの1週間はこんな風に過ぎていく。

月曜日は、特別養護老人ホームへ行き、火曜日は高齢者向けのデイサービス。水曜日は児童のデイサービス。木曜日は訪問リハビリと児童デイサービスを隔週でこなし、金曜日は訪問リハビリで、土曜日は児童のデイサービス。子どもからお年寄りまで、あらゆる人が対象だ。
児童なら児童と、専門領域に特化する作業療法士が多い中、鈴木さんのような働き方は珍しいと言えるだろう。

どの領域に行きたいか、決められなかった

鈴木さんがフリーになった理由はいくつかある。そのうちの1つは、単純に「あらゆる人と関わりたかった」こと。大学で勉強しているときから、鈴木さんにはすでに違和感があった。
「就活のとき、みんな友達が『どこの領域に行く?』って話していて。わたしは精神障害、わたしは身体障害って言っているのに、ふと自分はと思うと、決められないんですよ」。どの領域もやってみたい、というのが率直な気持ちだった。「人と関わりたいのであって、障害や年齢で人をわけることに違和感がありました」。

そうは言っても就職しないとと、身体障害領域の病院で働きはじめたが、違和感は心のすみに残っていた。
「どこか1つの領域を極める人が多いし、非常勤を掛け持ちするなんて、珍しいかもしれませんね。でも、1つに特化して、子どもを知らない、認知症を知らない、地域を知らない、ひたすら病院っていう枠の中にいるより、いろいろな場所で働いている方が自分らしいと思ったんです。やりきれるのか不安はありましたけど、人間が相手の仕事だから、正解なんてないし、学び続けなくちゃいけない。そう考えたら、領域が狭くても、広くても、変わりないなって思えたんです」。

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その人の人生に伴走しているような、感覚がある

リハビリをしている人の人生は、退院してからも続く。むしろ、病院を退院してからの方が圧倒的に長い。作業療法士として働くうちに、医療の枠組みの中でしか、関われないことにも、物足りなさを感じるようになっていた。
「その人が退院できるように作業療法をすることも大事なのですが、その後も続いていくクライアントの人生に携わりたいと思う気持ちが膨らんでいったんです。家族や友人、住み慣れた地域、慣れ親しんだ環境、そういった『その人らしさがある場所』でいっしょにじっくりと時間をかけて出来ることを探っていく…そんな風に作業療法をしてみたいと思いました」。

働いていた病院の組織体制が変わり、鈴木さんが目指す作業療法のあり方とのずれが出てきたこともあり、思い切って、9年間働いた病院を辞めることにした。
その後、別の組織に入らなかったのは、「どうせエネルギーを注ぐなら、領域や障害でわけずに人に関われる場所を開拓していく方がいい」と思ったからだ。

「最初の1年は暗闇を探るような感じでした」

原点に立ち戻り、あらゆる人と関わりたいと、さまざまな領域の事業所を掛け持ちする「フリー」の働き方を選んだが、もちろん大変なこともある。

休みが少ない、社会保障を自分で整えないといけないといったこともそうだが、何より鈴木さんにとって大変だったのは、病院とはまったく違う利用者、そして支援者との関係の築き方だ。
「病院にいるときは利用者と毎日会うじゃないですか。でも地域だと週1回くらいなので、そこでしっかりと信頼関係を築きながら、サービスを提供するのが難しい。病院のときの短期集中モードとはわけが違うんです」。利用者との関係性はもちろん、対人援助職の肝ともいえる支援者同士のチームワークを築くのにも時間がかかった。

さらにリハビリ病院では、作業療法士の同僚がたくさんいたが、フリーとして働くいまの職場には、介護職をはじめ、他職種と時間を過ごすことが多い。自分のこれまでの常識が通用しないし、非常勤であるためにやりたいことをやりきれないもどかしさもある。最初の1年は、暗闇を探るような孤独な時期が続いた。

それでも3年経ち、鈴木さんの人間性を理解してもらえるようになってくると、利用者や他職種の同僚との関係性も深まり、鈴木さんがやりたいと思っていた作業療法ができる環境が整いつつある。
「『ちゃんと人を見る』っていうことに、自分が力を注げているっていう風に思うんですよね。病院の中にいたら、その人が家に帰ってからが見えなかった。ちゃんとその人の人生に伴走していくような感じがあって。学生のときに学んだ、『障害』を見るんじゃなく、『人』を見ていくっていうことに、すごく結びついている働き方だなって思っています。共感して助けてくれるそれぞれの職場の同僚にも感謝してます」。

鈴木さんには夢がある。「海外の大学院で、さまざまな国からやってくる仲間と共に作業療法の勉強をしたいと思っています」。作業療法は世界共通。海外の先進的な知識を学ぶとともに、異文化の中に身を置き、あらゆる人との出会いを通して、作業療法士として、鈴木さんが大切にしている多様な視点や想像力を深めたいと思っている。「いつか夢が叶うよう、まずは語学から頑張らないといけないんですけどね」と鈴木さん。目指すのは、海外との架け橋にもなれて、幅広い領域の人を見られるジェネラリストとしての作業療法士だ。