その人の「やりたい」を支える伴走者 ーフリーになった作業療法士 鈴木洋介さん(前編)

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モンブランをつくるのだって、立派な「作業療法」

「この前は、モンブランをつくりました」。
作業療法士(※注)の鈴木洋介さんの訪問リハビリに同行し、いつもどんなことをしているのか尋ねると、こんな答えが返ってきた。

毎月2回、鈴木さんは三宅さん夫婦の家を訪ねる。14年前に脳幹出血で倒れたカツさんは両上下肢失調、体幹失調、言語障害をかかえ車いす生活を送っているが少しずつ、少しずつ回復して、いまでは一人でごはんを食べたり、話したりすることができるようになった。そばでいつも奥さんのサリーさんが支えている。鈴木さんはカツさんが入院していた病院に当時勤めていたことが縁で、7年程付き合いが続いている。

サリーさんの誕生日が近いことを知った鈴木さん。カツさんといっしょにケーキをつくることを思いついた。「カツさんは、サリーさんに喜んでもらいたい、という気持ちがリハビリの原動力になっています。だから、誕生日に何かしたいというカツさんの気持ちを生かしたかったんです」(鈴木さん)。
カツさんに提案したところ、サリーさんが大好きなモンブランをつくりたい、と言う。

モンブランをつくることは決まったが、訪問リハビリは1時間と限られているし、カツさんができることにも制限がある。その中で、カツさん自身に“つくった”という実感を持ってもらえる作業は何なのか。レシピを見たり、調理器具を見ながら頭を悩ませているうちに思いついたのが「栗をつぶす」という工程。主役ともいえる、栗をカツさん一人で潰してもらえば、モンブランをつくった、という達成感があるのではないか。売っているマッシャ―は、カツさんにとって握りずらかったため、事前に樹脂粘土で柄を太くしておいたところ、当日、見事カツさん一人で、栗を細かくすることができた。

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鈴木さんが、カツさん用に柄の部分を太くしたマッシャ―

潰した栗を生クリームと混ぜ、カップケーキの上にデコレーションして、モンブランは無事に完成!「料理の経験があまりないので、生クリームが固くなりすぎちゃったんですけどね」と鈴木さんは笑う。
モンブランづくりを通して、もう、カツさんが一人でマッシャ―が使えることがわかった。サリーさんはうれしそうに「今度は、持ち寄りパーティーにポテトサラダをつくろうか」とカツさんに話しかけている。次にやってみたいことも、生まれた。

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左から、サリーさん、カツさん、鈴木さん

「洋介さんだから、お願いしました」

三宅さん夫妻が鈴木さんに作業療法をお願いしたのは、2年前。鈴木さんは勤めていた病院を辞めて、いくつかの事業所に所属し非常勤で働く、いわば「フリーの作業療法士」として働いていた。

「リハビリって積み重ねが大事って言うじゃないですか。でも、結構担当の方が短期間で変わることが多いんです。洋介さんはわたしたち夫婦のこともよく知ってくれているし、この人が口から食べられなかったときや、わたしがずっと食べさせていたときのことも知ってくれているから安心です」(サリーさん)。

病院時代、鈴木さんはカツさんの担当ではなかった。けれどサリーさんは、片手が動かなくなってしまったほかの患者さんを担当していた鈴木さんが隣で言っていたことを、いまでもよく覚えている。「『いまは動かないかもしれないですが、必ずこの手も参加させましょうね』って。そしたらそのおじさん、すっごく喜んでいて」。鈴木さんの、動かない手も大切にする姿勢にサリーさんは「ものすごく感動したんです。なんてすばらしい人なんだろうって」。

鈴木さんは当時のことを思い出しながら、こんな話をしてくれた。「その手は、動かなくなったとしても、その人が何十年もいっしょに生きてきた手なわけじゃないですか。機能的な話だけじゃなく、この人がその手に対してどんな思いを持っているのか、その人の人生の後ろにある思いを想像するのが、作業療法ではすごく大事なことなんです。その手を机の上に置いてあげるだけでも、その手は使えない手じゃなくなる。たとえばそれが、料理をするときにちょっとでも野菜を固定できたとか、そういった風に役割が持てる場合だってある。そういう経験がものすごく大事なことだと思うんです」。

体を動かさなくたって、作業療法になる

取材の日、鈴木さんは、作業療法のメニューを考えていたが、急遽カツさんやサリーさんに話を聞いたり、これまでつくってきた自助具などを紹介してもらっていると、1時間があっという間に過ぎてしまった。予定していたメニューが充分にこなせなかったことを申し訳なく思っていると、「今日はこれでよかったんです」と鈴木さん。

「カツさんは障害を負ってから、人と関わることになかなか前向きになれませんでした。でも最近病気をしてからはじめて電車に乗ったり、相手に視線を合わせて話したり、どんどん変わってきている段階にいます。あの場では、自分の持ってきたことをやるよりも、カツさんを理解しようとしてくれる人がいて、カツさん自身が、その人に視線を合わせて自分のことを話そうとしているっていうことの方が大切だと思いました」。

鈴木さん、取材すら作業療法の一部にしてしまった。
そんな作業療法士のプロである鈴木さんが、フリーとしての働き方を選んだのには、自分の理想とする作業療法をやっていきたい、という思いがあった。

※注 作業療法士 
あらゆる作業の中から、その人が「やりたい」「できるようになりたい」と思うゴールをいっしょに見つけ、作業を通して、その人が生きる力を取り戻すことを支える専門家。ここで言う作業(occupation)とは、ごはんを食べる、服を着る、お風呂に入る、といった毎日の暮らしに必要な生活活動や、ごはんをつくる、買い物をする、仕事をするといった生産的な活動、友達と出かける、趣味を楽しむ、リラックスをするといった暮らしを豊かにするための余暇活動まで、その人それぞれにとって意味を持った生活行為のこと。病院や、福祉施設、介護現場、保健所、学校、就労支援などあらゆるところで活躍している。