手はあるから、どこよりも甘ーいブルーベリーが摘み取れる――株式会社ちはらファーム・前田泰一さん

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「農業を軌道に乗せるには時間がかかる」、とは、よく言われることだ。だが、そんなには待てないと、石川県金沢市で、開始数年で事業を軌道に乗せようとしている、株式会社ちはらファームを訪ねた。

甘くて大きいブルーベリー

「食べてみてください」と差し出された、紫の粒。手に取ってみる。「うちのは、大きいんですよ」という言葉のとおり、一回りほど大ぶりのその粒を、口に入れる。甘い。あれ、ブルーベリーって、甘酸っぱいんじゃなかったっけ?「大きいだけじゃなくて、甘いんです」。どうだと言わんばかりの笑顔で説明する「株式会社ちはらファーム」の代表・前田泰一さん。「ちはらファーム」は、このブルーベリーで、農業の事業化と障害者就労の両立を目指す。

「ちはらファーム」は、金沢市の発達障害の親の会「アスペの会石川」が母体となっている。発達障害の息子を持つ前田さんも、アスペの会の一員として活動をしていた。会の発足から10年ほどが経ち、会員の子も成長をしていく中で、大きな課題が出てきた。「発達障害の人たちが働ける場所がない。なら、自分たちで作るしかない」ということになった。

そこで白羽の矢が立ったのが、前田さん。というのも、前田さんは、医薬品商社「マエダ薬品商事株式会社」とそのグループ会社七社の経営に携わっている、バリバリの経営者だからだ。「会の中で、そんなことできるのかという話になった時に、じゃ、やりますと。そのかわり、自分のやりたいようにやろう、と思っていましたね(笑)」。

会社経営のノウハウと情報を生かして

農業に着目したのは、コミュニケーションをとらなくていいと思ったから。「発達障害で一番課題になるのはコミュニケーションです。私も会社の経営をしているから、仕事をする上でコミュニケーションがいかに重要かは、身にしみてわかっている。でも、土や自然を相手にする仕事なら、コミュニケーション能力はあまり問われないのではないかと思ったんです」。農業の中でも、ブルーベリーに着目したのも、前田さんのアイデアだ。前田さんの経営する会社の中には、ブルーベリーを扱う商社がある。そのため、前田さんはブルーベリーの作物としての優秀さをよく知っていた。「ブルーベリーは、世界的に見て需要が期待できる作物なんです。とりわけ日本は、まだまだブルーベリーは十分に浸透しているとは言えず、市場開拓の余地がある」。果物、デザートとしての需要のほかに、健康食品としての需要も期待できる。商品としての扱いやすさも、ブルーベリーの魅力の一つだ。生でも売ることができるし、冷凍すれば長期間の保存が可能。ジュースやジャムとして、加工の可能性もひろがる。

水耕栽培で効率化と付加価値を

「でも、私が個人でやるぶんにはいいけれど、そのままではちはらファームの事業にするのは難しいと思っていました」。最大の課題は、販売単価だった。単価を上げるために付加価値をつけようと導入を決めたのが、水耕栽培だ。水耕栽培と言っても、ハウスの中で育てるのではなく、虫や鳥を除けるネットを屋根代わりに、シートを敷いた地面の上に鉢を置き、そこでブルーベリーを育てる。鉢には水と肥料を配合した液体の流れるチューブが四か所植えられていて、チューブに流れる液体の量とタイミングは、コンピューターで管理している。水耕栽培だと、大きくて甘いブルーベリーをつくることができ、しかも収穫量が多い。コンピューター管理なので、人手もそれほどかからない。

手摘みだから、完熟の実だけを収穫できる

ちはらファームのブルーベリーが甘いのには、栽培方法だけでなく、収穫の仕方にもその秘密がある。「ブルーベリーは、ブドウのように房で生るんですが、普通はその房を全部いっぺんに切る。それでは完熟した実とそうでない実ができてしまう。うちでは完熟した実だけをとるようにしています。だから甘くなるんです。完熟するのを全部待って、手摘みする。だから手間もかかります」。先ほど水耕栽培には手間がかからないと言ったが、そうして軽くした稼働を、手摘みの収穫に振り向けることで、味と品質を高めることができる。

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はちみつづくりと霊芝づくりにも乗り出す

ブルーベリーを中心に、他にもいろいろな事業を模索している。たとえば、地元のはちみつ製造業者とコラボして、ブルーベリー畑の前に、巣箱を置いている。「集めてきた蜜は、ブルーベリー蜜じゃないと思うんですけどね(笑)」。でも、少しかもしれないけれど、地元のブルーベリーが入った百花蜜だ。それを買い取って、ブルーベリージャムに甘みを足す調味料にしたり、あるいはそのまま売ったりしようというのだ。他にも、ブルーベリーを選定した枝を粉砕してチップにし、それを菌床にして、漢方薬として重用されるキノコである「霊芝(れいし)」を作ろうともしている。

前田さんからは、さまざまなビジネスのアイデアが出てくる。しかし話を聞いていくと、それはすべて「出口」、すなわち売り方から逆算されたものだとわかる。「農業を軌道に乗せるには、時間がかかるというけれど、そんなにかけたら、財布が持たない(笑)。私は事業を軌道に乗せる方法は知っているつもりですから。自分の会社も親父から引き継いだ時は4人くらい。それを200人以上の会社にしていますから。農業をはじめるときも、こうすれば3年で軌道に乗る、というように、まず勝算ありきで考えます。

「出口ありき」の経営戦略で、手間をかけた高付加価値の商品なら、十分に障害者の仕事をつくることができる。前田さんは経営の視点で、農と障害者の未来を切り拓く。

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※「ちはらファーム」の記事は、2015年11月発売の『コトノネ』16号に掲載されています。

写真:河野豊