仕事が、自分も知らない「自分」に気づかせてくれるー群言堂×玉川福祉作業所の「ちくちくブローチ」

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二子玉川駅のすぐ近く、目の前に多摩川が広がる玉川福祉作業所(東京世田谷区)は、主に知的障害の人が働く作業所。ここで石見銀山のある町に本社を置き、全国31の店舗を構える洋服ブランド「群言堂」の人気商品「ちくちくブローチ」がつくられている。群言堂は、国内に流通する衣料品の97%が海外製になったいまも、日本でつくることにこだわり、生地から独自で企画しているメーカーだ。

いっしょに商品をつくることになったきっかけは、さかのぼること、7年前。玉川福祉作業所でつくっていた「裂き織りのマット」をたまたま群言堂の松場登美さんが手に取り、これを応用して「鍋つかみ」をつくれないか、と商品づくりを依頼したことから。
その後、つくるものは「刺し子の布」に代わり、その布をクッションに仕立てたり、トートバックをつくったりと、製品化される商品は変わってきたが、関係は続いてきた。

はじめて刺し子の布をつくったときのことを職員の石野正子さんが教えてくれた。群言堂からは“自由に”縫ってほしいとオーダーがあったものの、さすがにこんな不揃いなのはダメじゃないかと、職員が下書きをしたものをなぞって縫ってもらったものも、納品物に入れたのだと言う。「『自由に』なんて言われる商品をこれまでやったことがないので、加減がわからなくって、心配だったんです。そしたら、見事に職員が関わったやつは返品されてきました(笑)」。言わずとも、モノを見ればわかってしまったらしい。障害のある人たちのつくるものにこそ、群言堂は惚れ込んでいた。

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群言堂が毎月出しているハガキで、玉川福祉作業所のことも紹介された

こんなことまで、できるなんて

いまつくっている「ちくちくブローチ」は、群言堂のオリジナルの布を組み合わせた布地に、針を使って思い思いの模様を描いていく。「そもそもここにいる方たちは針も持ったことがなかった人がほとんどだったんですよ」と職員の眞塩恵さん。
けれど、群言堂さんの仕事に応えたいと、まずはみんなにやってみてもらうと、意外にも上手にやれる人がいる。しかもでき上がったものは、職員の予想を超えるものが多かった。「この人が、こんなに細かいことができるのかとか。あとは色使いにびっくりすることもあります。この仕事を通して、どんどん、みなさんできることが増えているんです」(眞塩さん)。

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たとえばゆっくり針を進める藤本佳代子さんのズボンやリストバンドには、イニシャルの「KF」という刺繍が入っている。藤本さんはここで刺し子を続けるうちに、“針仕事”が好きになった。自分で刺繍枠を買いに行って、おうちでも、刺繍を楽しんでいる。

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新井美貴子さんは、迷いなくさくさくと針を動かす。糸の色を変えるときも、すぐに新しい色を決める。聞くと、「一部だけどね」と言いながらも、夜寝る前に次の日につくるブローチの模様のアイディアを考えているときもあるの、と教えてくれた。群言堂のお店にも、母親といっしょにブローチが売っているところを見に行ったと言う。

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田中由美子さんは、体力があまりないため、それまでなかなか合う仕事が見つからなかった。しかし手先が器用な田中さんに、この群言堂の仕事がぴったり合った。誰よりもたくさんの種類のステッチができるまでに上達し、いまでは田中さん指名で仕事が入ってくるまでの腕前に。それに、こんな変化もあった。「自由に自分を表現していくことを続けるうちに、『自分はできる』っていうことを発見したんだと思うんですよね。以前はご自分からは話されなかったのに、少しずつご自分の意見をおっしゃるようになってきています」(眞塩さん)。

いったん休憩の合図が入ると、針を動かし続けていた高井美由紀さんが、大きな声で言った。「わたし、もっとやりたい。ずっとやりたい。楽しいの」。

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もう一度、自信を取り戻す

玉川福祉作業所は1980年に設立し、今年で37年目。ここで働く人たちも少しずつ年をとり、以前のようには働けない人も出てきた。作業所には、群言堂からの仕事だけでなく、公園清掃やクロス製品づくり、箱の組み立て等の仕事があるが、いままで一生懸命自分に与えられた仕事をやってきた人ほど、これまでやれていた仕事ができなくなっていくことにショックを受け、ガックリ気持ちが落ちてしまうと言う。「これまで少しでも生産高を上げようとしてきたのに、それができなくなると、いっぱいいっぱいになってしまって。絶望してしまう人もいるんです。群言堂さんのお仕事は、自由にご自分の思うままにつくることができるので、この作業もすることで、自分にまた自信を持てるようになって、バランスがとれてきたっていう人もいます」(石野さん)。
シフトダウンが必要であっても、なかなかこれまでの価値観からは抜け出せないもの。
群言堂の仕事は、そんな人にも寄り添う仕事になっているようだ。

※『コトノネ』21号の特集で群言堂をご紹介しています。