コトノネだらだら座談会 のぞき見版【7月28日 猪俣一則さん】

みなさんは、「幻肢痛」ってご存知ですか?腕や足を切断した、もしくは、神経を損傷して感覚がなくなってしまった状態。けれど、脳が憶えているので、ないはずなのに、ある「幻肢」が痛みを感じてしまうのだそうです。その痛みは、一日もなくなることはありません。原因は、不明。人によって形容の仕方はさまざまですが、「砂利が血管を流れていくような」「火鉢に手をつっこんだような」痛みのときもあるのだとか。
「そんなの、誰も経験したことなんて、もちろんない。けれど、そうとしか言いようのない痛みなんです」。今回の座談会でお話しくださった猪俣さんは、NPO法人Mission ARM Japanの理事として、上肢障害を持つ人や医療関係者などとの交流の場をつくる一方で、株式会社KIDSの代表として、VR技術(virtual reality 「仮想現実」の略)の開発にも携わっています。

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猪俣さんは、事故に遭い、一度、右腕と左足を失いました。手術で接合に成功したものの、神経がなくなってしまったので動かない。「治らなきゃ…」と、もがく日々が続きました。しかし、あるとき、周りの人から助けられている自分に気づき、「恩返しをする」そんな言葉が頭に浮かぶようになりました。自分にしかできないことはなんだろうと、ずっと考えていたそうです。当事者として、同じ境遇にいる人のサポートができれば、と。そうして、猪俣さんがたどり着いたのは、痛みの研究でした。

幻肢痛を軽減させるための手段として、「ミラー療法」と呼ばれる、鏡を使ったものが主流です。例えば、マヒした手を鏡の裏に隠し、動く方の手の鏡像を見ると、マヒした方の手がうまく動いているかのように見えます。このように脳をだますことで、痛みを和らげようするもので、手を切断した方にも、同じ方法をとります。しかし、それでも効果が出ない人もいます。

もっと効果的なリハビリの道具を生み出せるんじゃないか。そう思っていた猪俣さんは、車や建築のデザイナーです。VRの技術が身近にありました。もし、特殊なメガネをかけ、CG(「コンピュータグラフィック」の略)の世界を体感できるVRの技術を使って、「デザイン」と「医療」を結び付けたら…そんなアイデアが浮かびました。

CGでつくられた空間の中では、自分の意志に合わせて、CGでできた自分の腕も動きます。猪俣さんは、そこで行うことを「訓練」や「リハビリ」ではなく、「セラピー」と呼んでいます。リハビリは、大切だけれど、痛い。つらい。むしろ悪化してしまう人も少なくないそうです。なので、がんばらない。CGの腕を見ているだけでもいい。すると、より現実に近づけたことで、脳がだまされやすくなり、痛みを感じない時間ができることに気づきました。痛みがなくなることはありません。けれど、楽になる時間を増やすことはできたのです。

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「+Cub (プラスキューブ)」認知症予防から義手訓練にまで使える。
 
リハビリのツールを開発するうえで当事者研究に関わり続ける理由について、猪俣さんは、人それぞれ症状は違うけれど、自分がひとつのモデルになれるからだと言います。
「訓練するときに、この痛みが分かる自分は必ずいなきゃいけない存在なんじゃないのかな。ピアサポート(※1)という考え方こそ大事だと思うんです」。

そのセラピーを受ける人にとって、この痛みを分かち合える人がいる、ひとりじゃない、そう思えることが、なによりも、張りつめている気持ち和らげてくれるのかもしれません。

※1 ピアサポート
同じ症状や悩みを持ち、同じような立場にある仲間が、体験を語り合い、回復をめざす取り組み。

次回のだらだら座談会では、湘南バリアフリーツアーセンターの運営をされている榊原正博さんにお話をうかがいます。