お神楽、大好き。観ても、舞うても、縫うても――「いわみ福祉会」(前編)

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石見地方約20万人が夢中になる伝統芸能「石見神楽」。年間の公演数は、のべ500回ともいわれる。今日も石見地方のどこかで、神楽のお囃子が聞こえている。そんな石見地方の伝統を、障害者たちが支えている。

石見神楽を支えている障害者

「いわみ福祉会」では、「陣羽織」など神楽に使う衣装、面、そして神楽には欠かせない、「蛇胴(じゃどう)」という大蛇の胴体が作られている。その年商は1億円。「島根県には約120、隣の広島県にも同じ数の社中があります。中国5県では、約400の社中があると言われていますが、その社中が、私たちのお客様になります」と、職員の佐々木満さんは言う。400ある社中のほとんどが、いわみ福祉会とつきあいがある。「衣装のシェアは、全体の6~7割。蛇胴のシェアは、おそらく8割近いのではないでしょうか」(佐々木さん)。石見神楽は、いわみ福祉会が支えている、と言ってもいいほどだ。

「いわみ福祉会」では、障害者も、パートも、職員も、一緒になって働いている。新しく入ったパートが、隣で働く障害者に作業を教えてもらうことも珍しくないそうだ。指導的な立場にある職員ですら、障害者に「ここはどうなっているの」と聞くことがある。「それだけ、現場で毎日針を持ち、縫っているということは尊いことなんですね。僕ら職員も、常に新しい流行や技術を取り入れるようにしていますが、現場で作業している人からの情報には、いつも気づかされる事が多いです」(佐々木満さん)。障害者だからここまでの仕事、パートはここまで、などと区分けはせずに、障害者でもパートでも、その人の能力や適性を見極め、それに応じて仕事を割り振っている。

パートさんに、仕事を教える障害者

才能が認められれば、重度の障害があっても、重要な仕事を任されることもある。25歳になる清井(せいい)智明さんは、「金糸かけ」の仕事を任されている。特別支援学校を卒業して7年目。「通常は、平縫いなど基本的な縫い方から始めてもらうのですが、彼はいきなり金糸がけからスタートしたんです」と、佐々木満さんが説明してくれた。金糸はとても難しい。金糸を縫うときに、少し縒りをかけると、硬くなって縫いやすい。しかし縒りすぎると、糸が光らなくなってしまう。その積み重ねで、縫いあがった衣装の輝きに、大きな違いが出る。熟練ほど、縒りをかけずに縫うのだという。「清井さんは、金糸を扱うセンスが、とてもすぐれていた」と佐々木満さん。コミュニケーションをとることは苦手だが、事業所の奥にある小部屋なら、誰にも会わずに落ち着いて仕事ができる。もともと神楽が大好きで、休みの日には神楽を観たり、神楽の絵を描いたりしているという清井さん。いつもにこにこと、金糸を縫っている。

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※「いわみ福祉会」の記事は、2016年5月発売の『コトノネ』18号に掲載されています。

写真:山本尚明