【超・幻聴妄想かるた、できました 新澤克憲】第13回 僕らはみんな生きている(その7)  セブンイレブンの冷凍マンゴー

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月のまぶしい夜に

月の光が雲に反射して夜の街が明るく見えます。

月は駅まで歩く間も建物の間から顔を出して、遊びに行こうよと誘っているようです。

若い頃、月を追いかけて夜の道を車で走ったことがありました。朝方まで走って道端で寝る。そんなことばかりしていました。

わざわざ駅の方にまわったのもセブンイレブンで冷凍マンゴーで買うためでした。母に頼まれたのです。週に半分ほどは自宅から10分ほどの所に住む88歳の実母のところにそのまま泊まります。平日は彼女に朝ごはんを作り、デイサービスに送り出し、ヘルパーに介助してもらう夕食を準備して出勤するという生活が昨年の夏から続いています。

祖父がハワイ生まれのせいか、我が家の食卓にはトロピカルフルーツが並ぶことは珍しくありませんでした。とはいえ、高価なマンゴーは滅多にお目にかかれませんでした。給料を貰う歳になって宮崎産のものが手に入ったりすると買って持っていきました。基本的に高価で珍しいものが好きな母は喜んで食べます。

今では、親子二人でも1個を食べきるのは大変なので、もっぱら冷凍です。電子レンジで解凍して、アイスクリームに載せるのがお気に入りです。今日も仕事が終わり一息ついたところで携帯がなり、冷凍マンゴーを買ってくるようにと言いつけられました。

冷凍マンゴーと去年のカレンダー

そういえば、1年ぶりに退院してきたハーモニーのメンバーであるジュリアンも冷凍マンゴーが好物です。退院前の外泊の時も、車で迎えに行くと「スーパーに寄ろうよ。凍ったマンゴーとトリュフ入りの岩塩かけたホワイトアスパラガスが食べたいんだよ」と言って私を驚かせました。「ずいぶんと食通だねえ。幽閉されたフランスの貴族みたいにカッコイイねえ」と絶賛すると、「そりゃ、そうさ。この日を待っていたんだ」と彼は笑いました。

その日は、時期が早かったのか探しまわったけれど見つかりませんでした。かわりに退院の時には冷凍マンゴーを買って持っていきました。

新型コロナウイルスの蔓延は、退院のタイミングを少しずつ遅らせてしまいました。退院後の生活を支えるはずの通所施設やホームヘルプの事業所も、十分に活動できていなかったり、病院への訪問を控える事業者もいて、退院に向けた支援のチームがなかなか動きださなかったのです。「今、リスクを冒して何かあったら」と皆が少しずつ考え、「まあ、コロナが一段落したらね」というのが決まりの挨拶になりかかっていました。

しかし、私たちは入院中の人たちの退院に向けた意欲が、ある時期を越えると急速に失われるのを知っています。切望していた退院が怖くなって、「自分はこのまま入院しているのがいい」と思ってしまうのです。

今回は、入院先の病棟やドクターが、地域に向けて積極的に働きかけてくれたので、ジュリアンの支援チームが動き始め、彼の外に出たいという意欲を支えました。

それにしても、退院はうれしいものです。

彼はお気に入りの窓際の椅子に座り、私は板の間に胡坐をかいて、以前のように壁のカレンダーを見ながら来週の予定を話します。でも、なぜか辻褄が合いません。次回の通院日は木曜のはずなのになあ。しばらくして気がつきました。

「いま見てるのは去年のカレンダーだよ!」

真新しいカレンダーは確かに去年のままでした。

他にも開封されていない食品や飲料水が新品のまま期限を越えていました。

まずは、新しいカレンダーを買うところから、再スタートです。

ヘルパーや訪問看護が再び動き出し、日課が回り始めた今も、ジュリアンは「来る時に、セブンイレブンで冷凍マンゴー買って来てくれないかなあ!」と電話してくれます。「そういうのは、ヘルパーさんに頼んでくださいよ」と答えるのですが、連絡をくれることが、私にはうれしいのでした。

小さなお使い

駅前を回って、セブンイレブンに寄って冷凍マンゴーを買ったにも関わらず、実家に到着してみたら、すでに母は寝ていました。しかたないので今夜は独りで食べることにしました。

新型コロナウイルスは、多くの人たちに孤立の時間をもたらしたような気がします。母だけでなく、ハーモニーのメンバーたちからも時間外の連絡が増え、短いささやかなメールやメッセージで小さなお願いごとが寄せられます。

2、3往復の後に「了解。じゃ、明日ね」と終わる短いやりとりが今夜も交わされました。

自分でも頑張れば出来る事なのだけれど、誰かとやりとりしたり、お願いしてみたい。そういうことなんじゃないかと思っています。

どうやら、今年は、あちらこちらから冷凍マンゴーを買ってきてとお使いを頼まれる夏になりそうです。

朝まで車で月を追いかけるのは、もうしばらく先になりますね。

(了)

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新澤克憲
1960年広島県生まれ。精神保健福祉士、介護福祉士。1995年よりハーモニー施設長。

就労継続支援B型事業所ハーモニー
東京都世田谷区にあるスペース。リサイクルショップ、ものづくり、公園清掃ほかさまざまな仕事を行っている。現在、30人ほどが利用している(2019年)。1995年に精神障害のある人たちが集う「共同作業所ハーモニー」として開所。2006年にNPO法人化、2011年に就労継続支援B型事業所に移行。

ハーモニーのコロ休み特設ページ
コロナウイルスによる東京での陽性患者数が1194となった4月7日、ハーモニーは通所を休止にし、所内での活動を見合わせることにしました。 このページは、その『コロ休み』の間とその後の私たちの記録です。