【超・幻聴妄想かるた、できました 新澤克憲】第7回僕らはみんな生きている(その2)シュウボウ

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夜の帝王

「本牧でカップス(*)を見て人生、変わったね。でも俺はカップスの舎弟分のバンドの追っかけやっていたんだ」シュウボウが区内の他の作業所から移ってきたのは20年ほど前でした。「舎弟分」という言い方が、昔の任侠映画を連想させて、わくわくしたものです。私は古い日本のブルースバンドの話を彼から聞くのが楽しくて仕方ありませんでした。雑居ビルの一室にあったハーモニーの厨房で、煙をゆっくり吐きながら話す彼の横顔を今でもよく思い出します。
アメリカのアニメ映画のキャラクターのシュレックにそっくりで、ちょっとワルを感じさせる雰囲気。ホリの深い顔立ちに「若い頃はきっとモテたに違いない」とハーモニーのみんなは噂しました。
シュウボウの半生は苦労続きでした。生家が倒産したので早くに家を出て、10代の頃からキャバレーで働いたそうです。様々な苦労の末に20代の半ばにはマネージャーとして店を任されるまでになりました。流行りのスーツを着こなし、若い人たちもシュウボウを慕って集まってきたと言います。「自分で言うのもなんだが、町を歩くとみんなが振り返ったね」
そんな時に病気がやってきました。時々、景色がチカチカと眩しく感じるようになったかと思うと、色彩がぎらついて見えはじめるのです。放っておくと意識を失ってしまいます。ストレスが多い接客の仕事と不規則な生活は一気に病状を悪化させました。

幻聴妄想かるた「め」01
め:目のせいじゃない 色彩が急に 鮮やかになるんだ(『幻聴妄想かるた』,2011)

頼れる家族はいませんでした。しかたなく、お店の女性たちのアパートに転がり込みました。「オカマと住んでたこともあるよ」と話します。「俺、料理も出来るんだよね」と教えてくれました。夜の仕事に出かけた彼女(彼)たちのために留守宅で、掃除や洗濯、炊事をして何とか毎日をしのぎました。
しかし、声が聞こえはじめます。知らない男の声です。「三越前に来い」と声が言います。無視しても聞こえ続ける声に根負けして、行ってみても三越前には誰も来ません。「声」は無視すればするほど意地悪く、シュウボウを追います。声はやがて江の島や東尋坊に行って海に飛び込めと暗い声で誘い始めました。

一方で生活は待った無しです。このままでは、食べていくことができなくなる。自分でもできそうな仕事がないかと探してようやく見つけたのが、カラオケボックスの店長でした。借金して準備しました。これならば、人とあまり関わらずに仕事ができる。そんな希望を持ったのも僅かの間でした。ある夜、カラオケボックスの中から次々と旧日本軍の兵隊さんの幻が現れたと言います。もう駄目だ。シュウボウは悟ったと言います。もう仕事に戻る力は残っていませんでした。女性たちの部屋にもいられなくなり、居場所も失いました。日雇い労働を経てなんとか潜り込んだ飯場でしたが、そこで動けなくなり、ホームレスの施設に入ったのです。

超かるた「か」
か:カラオケボックスでボーっとしていたら 兵隊さんが来て動けなくなった
(『超・幻聴妄想かるた』2018)

夕陽のあたるアパート

施設を出て、世田谷の町にきた頃には40歳を超えていました。世田谷を選んだのはホームレス寸前の生活をしていた頃、お金をとらずに精神薬を処方してくれたドクターが世田谷にいて、恩義があるからだと教えてくれました。ワーカーが見つけてくれた風呂なしの古い部屋に住みました。前の道をトラックが通ると部屋もガタガタと揺れ、クーラーもなく西日が照りつけました。4畳半には家具がありませんでしたが、彼は特に不便を感じていないようでした。声はあまり聞こえなくなったと教えてくれました。一面に脱ぎ散らかした服が散乱していて、訪ねていくとそのうえに座らされて、麦茶をふるまってくれました。回そうとした鍵が鍵穴の中で折れてしまって以来、部屋に鍵をかけるのはやめたと笑っていました。

新幻聴妄想かるた「よ」
よ:洋服の上に住んでいる
(『新・幻聴妄想かるた』2014)

今でも彼の「しんちゃん。あのね~、頼みがあるんですよ」という声を思い出すことが、あります。半分親しげで、半分は遠慮がちに断られるのが怖そうに彼は話し始めるのでした。ちょっと悪ぶってはいたけれど、シュウボウは実は周囲に気を使う人でした。年上や先輩には敬語を使い、後輩にはユーモアを交えてからかってみたり、タバコや缶コーヒーをおごってみたり。その気遣いのためか、デイケアやハーモニーの仲間からも慕われるようになりました。シュウボウの若い頃の武勇伝は尾ひれがついて、夜の繁華街を牛耳るマフィアだったと信じる人も現れました。
八王子の山奥の病院に入院していた通称トクちゃんが25年の長い入院を終えて戻ってきた時、電車の乗り方から買物、それからあまり大声では言えない夜遊びまで教えたのがシュウボウでした。トクちゃんを渋谷に連れ出しては、急に姿を隠して、トクちゃんを慌てさせるという悪戯をして笑っていました。
しかし、ジュリアン(コラム第1回目「ジュリアンと謎の脳内発信機 -『幻聴妄想かるた』事始め」参照)がトクちゃんと言い争って「あなたはずっと精神病院に入れられていたから青春時代なんかないだろ!」と怒鳴った時には、二人の間に割って入って、ジュリアンの数倍の大声で「トクちゃんをいじめるな!!」と怒鳴りました。ジュリアンだって合わせて15年間は格子のある病室にいたのだから同じようなものなのです。トクちゃんもジュリアンもシュウボウも悲しかったのだと思います。
(知らない方のためにお話ししておきますが、この国の精神科の入院制度は不可解でイカレています。その上に胡坐をかいている者は等しく、20年ぐらい格子のある病棟に入ってみればいいと私は本気で思っています)
仲間達は、鍵がかからないのいいことに、シュウボウの留守にあがりこんで、脱ぎ散らかした洋服の上で、高校野球を観たり、煙草を吸っていました。テレビだけでなく、こたつや窓用エアコン、ラジカセなどもみんなが持ち寄って溜まり場のようになっていました。
夜中まで騒いで警察が来ても、階下のおばあさんが孤独死されてアパート中がとんでもない腐乱臭に包まれても、シュウボウの部屋には人が集まってきました。私も何とも言えない心地よさに惹かれて、理由を作っては彼の部屋を訪ねる一人でもあったのです。

シュウボウがある日、ハーモニーに友達を連れてきました。「幻聴妄想かるた」では、すでにお馴染の、中村さんです(コラム第3回「ホントの妄想、ウソの妄想」参照)。シュウボウとは世田谷に来て初めて通ったデイケア以来の友達でした。警備会社に勤めていた中村さんは、夜勤の仕事が入るようになってすっかり調子を崩していました。毎晩、睡眠薬を呑んで眠らなくてならない人にとっては、断続的に仮眠をとる夜勤の仕事は過酷です。あっという間に中村さんは調子を崩し、心配したシュウボウが連れてきたいのです。中村さんはハーモニーのスタッフルームのソファーに横になるなり、ひたすら眠り続けました。
彼は、ずいぶん前から「若松組」という団体から嫌がらせをされていて、自分の家には帰りづらいと言うのです。昔つきあった女が仕返しに送り込んだに違いない。アパートの大家さんちの孫を使って、中村さんの身辺を探り、音を立てて眠りを妨げるのだと言います。
ほどなく中村さんは仕事を辞め、ハーモニーに通いはじめました。中村さんは夜寝る時だけ家に帰り、それ以外の時間のほとんどをシュウボウと過ごすようになりました。

『超・幻聴妄想かるた』を作る時、今はもう会えない人たちの札を何枚か加えたいんだよねと発案したら、スタッフの戸島さんが、その頃のことを思い出してくれました。思い出して何かを残しておくことも、今ここにいる者のつとめであると思うのです。

超かるた「い」
い:今がいちばん 人生いろいろあったけど
「なんも、いいことなんてないよな」「作業所の仕事なんかバカバカしいよ」とメンバーたちが話していました。たしかにハーモニーは工賃は安いし、お世辞にもきれいな場所ではないし、好んでここに来た人はほとんどいないかもしれません。シュウボウは、いつものように歯のない口をモグモグさせながら、みんなの話しを聞いていました。誰の言葉を遮るでもなく、「いちばん、いいよ」「今がいちばんいいよ」とつぶやきました。そして「なー、ショウイチ、なー」と親友の中村さんの顔をのぞきこみました。(『超・幻聴妄想かるた』2018)

 

次回は、その後のシュウボウと中村さんのお話しの続き「僕らはみんな生きている3」です。

<了>

* カップス:ザ・ゴールデン・カップス(The Golden Cups)は1966年、神奈川県横浜市でデイヴ平尾を中心に結成されたグループ・サウンズ。

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新澤克憲
1960年広島県生まれ。精神保健福祉士、介護福祉士。1995年よりハーモニー施設長。

就労継続支援B型事業所ハーモニー
東京都世田谷区にあるスペース。リサイクルショップ、ものづくり、公園清掃ほかさまざまな仕事を行っている。現在、30人ほどが利用している(2019年)。1995年に精神障害のある人たちが集う「共同作業所ハーモニー」として開所。2006年にNPO法人化、2011年に就労継続支援B型事業所に移行。

『超・幻聴妄想かるた』 ※本のみ、かるたのみでも購入が可能です。
「幻聴妄想かるた」シリーズの最新作。
購入は以下のハーモニーの注文ページまたは、全国の一般書店からの注文可能です。
現在手にとってご覧になれるのは、東京では、書店B&B(下北沢)、Title(荻窪)、on Sundays(神宮前,ワタリウム美術館内)、3331 CUBE shop&gallery(外神田,3331 Arts Chiyoda内)。そのほかには、鞆の津ミュージアム(広島県福山市)、書肆ゲンシシャ(大分県別府市)などです。
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『超・幻聴妄想かるた(本+かるたセット)』
定価 3,024円(本体2,800円+税8%)
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定価 1,728円(本体1600円+税8%)
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