【梶原真智 連載コラム ワンハンドキッチン】番外編 「道具」のヒカリ

便利な道具は、みんなに優しく、こころを強くしてくれます。
今考えると日常生活の中で、身近な物に「何とかならないものかな」なんていう工夫を考える機会はほとんどなかったように思います。小さなことから大きなことまでその程度は様々であったとしても。

ハンデを持つ身になってみると毎日のささいな場面や出来事に、苛立ちを感じてしまうことが少なくありません。
例えば、座っている時に高いところにある物に手が届かなくて頑張って背伸びしてしまうことはないでしょうか。難しいなと思ったらその時、普段の生活の中では立ち上がることでごく自然に解決している。場合によっては踏み台を使ったりもして。
簡単に対応できることが身近にあると、その時感じた苛立ちはあっさり消えてなかったことになってしまう。そうすることを意識しなくてもできている。だけど、ハンデは。

できたはずだった動作。できていたはずのとっさの対応。中途障害者に共通した感覚として、『障害さえなかったら』という思いは常にあります。思うように動けなかったころは特に、その感覚、感情に振り回されていました。そのたびに言われていたのが「ああまだ、障害受容できていないからね」。そして向けられる哀れみの目とため息。問題のある者としての扱いは、みえない刃物としてただでさえ壊れそうになっている気持ちを追い詰めます。対応する人にそのつもりはないのかもしれませんが、態度から感じ取れるその感覚。まとわりつく蜘蛛の巣のような順応への圧力。ハンデを持ちそれでも生きていく時間で学んだことの1つは、その苛立ちや怒りや苦しさを隠し、耐えて、普通にふるまうこと。「諦め力」を会得することでした。比較的早く社会復帰した自分にとってそれは結果的に、生きていくうえで重要なポイントでもあって。

思うように動けるようになって自ら口にすることはなくなったとしても、笑顔を意識し生活していたとしても、毎日の中にある小さな場面や出来事で不意に本心が顔を出してしまいます。まるで窓からの突風が厚いカーテンをふわり押し上げたときのように。そしてそんな自分がまた、嫌になる。

身近な存在である料理は、自分にとって自信を取り戻すきっかけになりました。食べたいという衝動からはじまった行動は次第にキッチンでの調理に場面を移し、扱う食材や調味料が少しずつ増え、レパートリーが広がりを見せはじめると、当然ながら調理過程での様々にぶつかります。どうやったらいいのかな。どうしたらできるかな。悩みが増えていくたびに片手だけでの限界も感じる場面は少なくない。だけど、道具との出会いによってそれは意外にもあっさりと解決できたりするものです。

今、味方になってくれるのは既存のキッチンツールです。使い方のスタイルは少し変わっているのかもしれません。だけど機能を使いこなすのは、キッチンに立つ自分自身。「ワンハンドキッチン」の活動では、料理をしたい方が今現在持つ「ちから」や「うごき」に合わせた提案、工夫を一緒に考え実践しています。おすすめする道具は使って楽しい気分になるものが選択の基準です。再びのキッチンだからこそ、これからのスタートに適しているカラフルで、できたら安くて、かわいいもの。そして自分が楽に作り続けられるもの。試していいね!と思えたものを紹介しています。

食材は用意した。なんとかうまく取り出せた。次は、洗う。水洗いする。どんなに新鮮できれいであったとしても、やっぱり最初は洗いたい。さて、どうしよう。両手で動作をしていた時の、それこそ普通に思えていた以前の感覚が戻ってきたら、続く発想も「両手動作で出来ること」であったりします。いま、動かせるのは片手のみ。これまでとは違う自分に改めて戸惑う。できるかな?でも、やらなきゃな。じゃあ、どうしよう。ザルとボールのセットはあるけれど、できたらまとめて使いたい。
あったらいいなのおもいを叶えるおすすめとして、例えばこんな道具はどうでしょう。

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(ミラくるザル・ボウル MZ-3510 曙産業)
※一方向にのみ回転するので片手で水切りができ、その後の調理過程がスムーズになります

便利で使いやすい工夫は、片手の料理にも優しく役立つ技術です。使いたいとき使えるもの。誰かにとっての正解かどうかではなくて、判断するのはその人にとって最適かどうか。特別じゃない毎日だから、ストレス少なく過ごせたら十分。いつからだって誰にだって、おいしいは作れます。こんなものがあるの?えーどうやって使うの?こんなこともできるの?嬉しい声が上がった時がスタートライン。これが、自分が感じつづけている道具のもつヒカリです。

時間をかけるばかりが愛情じゃない。
手間をかけずにつくるのはその時間分の向き合う時間。
知ることからはじめよう。
便利な道具がつくるのは「あってほしいな」の応援歌。
だれかのどこかのいつかの言葉はそのときだけの呪文だから。
知ることからはじめよう。
自分の幸せや価値観は自分にしか作れない、ささやかな宣言出来ました。

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