【コトノネ編集長のおまけ日記】舌三代

コトノネ編集長のおまけ日記

アルコールは弱い。たしなみ程度にもならない。生ビール中一杯、そのあとお銚子1合も飲めばできあがる。若いころは、お客さんに勧められる。そんなことないやろ、もっといける顔してるで、と言われても、もう一歩も進めない。それにクセが悪いのは、たいしておいしいと思ったこともなかった。ほんとうに、そんなもったいない酒を、人はどうして勧めるのだろう。

日本酒の味を知った気がしたのは、40歳過ぎ。近所の知人の家で、日本酒をいただいた。知人の実家は、中国地方で名の通った蔵元。料亭「吉兆」におろしている酒や、どうぞ、と勧められた。おそるおそる一口、あれあれ、二口目…。舌に絹が舞う。甘いというほど強くない。フルーティな風。これが日本酒なのか。うまい。味を感じた。
お猪口で三杯ほど飲んだ。「うまいやろ、でも、毎日飲むなら、こっちの方がうまい」と言って、冷蔵庫から一升瓶を出してきた。同じ実家の酒。「向こうは卸でも万の桁。こっちは、一升2000円ちょっと」。口に含む。人肌の布団にくるまれるようや。「ほんわか、やさしい。ホンマやね、こっちのうまさが落ち着くね。まあ、おカネのせいもあるやろけど」。
うれしかった。うまい酒が飲めたことより、うまさを知ったシアワセ。
宝石店で目利きを育てるのは、いちばん値打ちの高い宝石から目に慣れさせる。京都のお茶の老舗「一保堂」の跡取りは、いくらおいしくても二十歳になるまでB級グルメは口に入れない。京都の言い伝え。「目は一代、耳は二代で、舌三代」。着物などのセンスは、一代で身に付く。音楽など音の感度を高めるのは二代かかる。舌を磨くのは、三代かけなくてはいけない。それほど時間がかかる。成金では無理でっせ、ということ。

家で夕食をとるときは、いつも、日本酒。日本酒は気が大きくなる。おお、ええよ、ええよ。からだ中に大ような風が抜ける。その気分で横になる。ふと、目が覚めると、もうお風呂の時間か。何はともあれ、ええ一日やった、としておこう。ああ、下々の悦楽。