コトノネだらだら座談会 のぞき見版【1月26日 齋藤一男さん】

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新年はじめてのコトノネだらだら座談会は、映画監督の齋藤一男さんが「わたしがここにいる理由」というタイトルでお話をしてくれました。昨年、「はたらく」という映画が完成。監督「さいとう」が自閉症の青年「しょうへい」に映画の主演を依頼することから、この映画ははじまります。「しょうへい」が俳優役として演技の練習にチャレンジする前半、そして後半は翔平さんが「しょうへい」役として演じた作品が描かれています。なぜ齋藤さんは、この映画をつくろうと思ったのでしょう。

齋藤さんは、大学時代に映画の世界にのめり込んだことから、映画制作会社に就職。自分を表現していく道へと進みました。制作会社では、昼も夜もなく働きつづけ、仕事、仕事の毎日だったそう。そんなときでした。家族を振り返る時間もないまま過ごしていたある日、病気を患っていた妹さんが亡くなります。「なにもしてあげられなかった」。齋藤さんは、その想いから家に引きこもるようになりました。1年が経ち、寄り添ってくれていた先輩から誘われて、齋藤さんは復帰。「『弱さにある希望』を表現する」をテーマに映画制作会社ロゴスフィルムを立ち上げます。しかし、映画の収入だけで生活を支えることは難しく、他の仕事も探すことに。そこで決めた職場は、福祉施設でした。知的障害の人たちと接するものの「目の前に走ってきて、突然大声を出されたり…。最初は正直辞めたいって思ってました」と齋藤さん。でも、だんだん一人ひとりが魅力的だなって思ってきたのだそうです。

「今まで出会った障害者の中で、彼のことがいちばん分からなかったんですよね」。翔平さんに俳優役をオファーしたのは、それが理由だったと言います。撮影の日には、翔平さんのお給料を現金で手渡していました。映画出演で稼いだお金を自分で自由に使っていいというその瞬間が、翔平さんにとってうれしかったのだそう。「それって、何に使ったんでしょうね」と、参加者からの質問。「食べ物に使ったんじゃないでしょうか。」と齋藤さんは苦笑い。

齋藤さんは、映画をつくる人にとって「台本が命」という人が多いと言います。しかし、翔平さんに対して、それは成立しませんでした。「映画を完成させることが目的ではないんです。その過程で彼になにか変化があればと、それだけでした。だからこれは、『福祉的』につくられた作品とでも言うのでしょうか」。翔平さんの変化は?と参加者から聞かれると、「正直、わかりません。彼自身も分かっていないかもしれません。でも…」。翔平さんは普段、知的障害者のミュージカル団体で活動をしています。以前は、舞台に上がってもすぐどこかに行ってしまっていました。しかし、最近、舞台に上がった翔平さんを観ていた人から「翔平さんを見にきてほしい」と言われたのだそうです。明らかに彼自身の変化を感じている方が現れたのでした。「周囲の人たちにこそ、変化の声を聞きますね」と、齋藤さんは言います。

この映画は、なにか回答を持っているようなものではないかもしれません。それでも、みんなで考えてみる、向き合ってみる。そんな輪を広げていける作品です。齋藤さんは、昨年末のクラウドファンディングで目標を達成し、今年は映画「はたらく」の全国上映のプロジェクトを進めていくようです。映画「はたらく」の上映会場にぜひ、足をお運びください。

齋藤さんが代表を務める映画製作会社「ロゴスフィルム