コトノネだらだら座談会 のぞき見版【9月15日 小木曽正子さん】

今回、お話してくださったのは、江ノ島バリアフリーをつくる会代表であり、その他にも、介護福祉士、神奈川県藤沢市の福祉相談員、神奈川県バリアフリー街づくり推進県民会議委員と、いろんな活動をされている小木曽正子さん。前回のトーカー榊原さんから指名されたときには、「わたしでいいのかしら…」とポツリ。ですが、「ここで引いては女が廃る!」と、さまざまな福祉の活動をされる方として、また「母」として、ご自身のことをお話してくれました。テーマは、嬉しいことに、「わたしのコトノネ」。

「大事な、大事な宝物です」と、最初に映し出されたのは、2人の子どもの写真でした。長女のたまねちゃん(通称:たまちゃん)、次女のあずみちゃんです。

「あなたのお子さんはダウン症です。さきほど吐血しました」。
たまちゃんが産まれて、喜びもつかの間、助産師さんから宣告を受けて、大きな病院へ救急搬送。生後1週間、たまちゃんは、心臓の病気も発症し、危険な状態。手術は、無事に成功しました。お産の直後で体調も整っていない中、何が何だかわからない状態だった小木曽さん。しかし、「泣いてしまったら、この子の存在を否定することになると思って泣けなかったんです」。そのときに、パートナーからもらった「たまねは、もともと私達のところに生まれてくるのが、決まっていて、それに障害が、付いてきてしまっただけなんだよ」という言葉が支えられていたそうです。

その後、たまちゃんは順調に育っていました。しかし、「忘れもしません。2歳10か月のときでした。元気に遊んで、お昼寝をして、そして、起きたら、たまちゃんは歩けなくなっていたんです」。横断性脊髄炎。脊髄の一部で炎症が起きて、神経系統に傷が付き、脊髄内の神経と身体の他の部分との交信が中断されてしまう病気でした。さっきまで、できていたことが、今、できなくなった。その辛さは、2歳の子どもには、あまりにも酷なものでした。たまちゃんは、知的障害と身体障害の重複障害児と呼ばれることになりました。

たまちゃんが特別支援学級に入ると、小木曽さんはつきっきりになりました。登下校の付き添いに、昼の導尿、遠足の付き添い。たまちゃんは、下半身まひから、膀胱直腸障害を併発し、自分で排尿排便をすることができません。4時間ごとに排尿の処置をしてあげなくてはなりませんでした。そんな、医療ケアが必要な子どもを持つ保護者への負担が重すぎる現実がありました。そこで、小木曽さんは、学校に看護師を派遣してもらえるように訴えます。しかし、「医療のことだから」と保健福祉課へ。「学校のことだから」と、また教育委員会へ。たらいまわしにされてしまいます。それでも、他の医療ケアが必要な子どもを持つお母さんと協力して、声をあげつづけました。結果、学校へ定期的に巡回してもらえる巡回看護介助員の制度ができました。続けて、それまで藤沢市にはなかった、医療ケアが必要な子どもの放課後デイサービスの立ち上げにも力を注いでいきます。たまちゃんは、地域の人に見守られながら、無事に中学校を卒業しました。

2015年、小木曽さんは藤沢市の市長に、江ノ島のバリアフリー化の要望書を提出しました。なぜ江ノ島だったのでしょう。「次女のあずみといっしょに江ノ島へ行ったときに、『お姉ちゃんといっしょに来たかった』って、言われたんです」。江の島は、海に囲まれ、道は段差が多く、勾配が激しい。障害者や高齢者、ベビーカーを持っている方には、楽しむことが難しかったのです。しかし、あずみちゃんのその言葉が、小木曽さんを動かしました。しかし、江の島には遺跡が埋まっている可能性があり、大胆な道の改修はできません、島内の設備を変えることは、決して簡単なことではありませんでした。そこで思いついたのが、福祉車両による移送です。江の島神社の裏にある私道を通って、予約制の車を走らせようというもの。「2020年までに実現が可能じゃないかと話しているところです」と、小木曽さん。

地域に新しい福祉制度をつくり、デイサービスを立ち上げ、江ノ島をバリアフリーにする活動など、小木曽さんは動き続けています。そのエネルギーはどこから来るのでしょう。お話の最後に、ある写真を見せてくれました。それは、幼いころのたまねちゃんと、あずみちゃんの写真でした。「わたしは、社会を変えようとか、そんなこと思ってないんです。ただ、娘2人が、楽しく暮らしていければいい。そんな母の思いだけなんです。それが、『わたしのコトノネ(事の根っこ)』なんです」。

また、小木曽さんが「支えている言葉」も紹介してくれました。

問題は問題として解決する。問題を悩みに変えない。
          ―井上麻矢さん(「連載コラム 父が愛したボローニャ 1」『コトノネ』vol.2)

不運に見舞われても、不幸になっちゃいけない。 ―津島佑子さん

「子どもは障害児だし、他から見れば大変。けど、これは、わたしにとって悩みじゃないんです。それに、不運って誰にでもあるけど、それをどうとらえるかだと思うんですね。わたしは、不幸ではなく、幸せです」。力強く、小木曽さんは言い切ってくれました。

そして、この日の座談会には、季刊『コトノネ』で「ふるさと奄美に帰る」を連載されている蔵座江美さんが参加。ご自身の活動についてお話してくれました。

次回のトーカーは、鈴木洋介さん。だらだら座談会の幹事で、フリーランスの作業療法士をされています。ご期待ください!