ひつじ時間で紡ぐストール ーひつじ工房アドナイ・エレ(岩手県二戸郡一戸町)

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「ご自由にお入りください」

「ご自由にお入りください」と書かれた看板の奥に、木々に埋もれるように一軒家がある。
中に入ると、吹き抜けになっていて、2階から色とりどりの布が垂れ下がっていた。ここはひつじの毛を使って、ストールなど織物や、フェルト製品をつくる工房。大きな窓の外には緑が広がり、ひつじたちが草を食んでいる。

「ひつじは動物の中で、一番癒される動物なんですって」と工房で働く戸田睦子さん。愛嬌のある顔、モコモコの毛。確かに、見れば見るほど不思議な生き物。ゆっくり草を食んでいる様子を眺めていると、こちらまで自然とスローダウン。気持ちが、穏やかになっていく。

ひつじのお世話からはじまるモノづくり

工房がある奥中山高原は、岩手県盛岡市からいわて銀河鉄道に乗って、北へ一時間弱。夏でも朝晩は、空気がひんやり。家のすぐそばまで、深い自然が残る。
母体のカナンの園は、岩手の県北地域に当時まだなかった福祉施設をつくろうと、1972年に設立。児童施設からはじまり、養護学校、成人施設、生活の場と、ここにいる人たちの成長に合わせ、発展してきた。

全国でも珍しい、ひつじの飼育からはじまる製品づくりは30年前から。創設者が羊を飼っていたことがきっかけだ。「小さき群の里」という生活介護事業所の1つの作業科に属し、ほかに、豚の放牧や、無農薬野菜の栽培、薪づくりなど6つの作業に分かれている。アドナイ・エレは室内で座ってできる作業が多いため、比較的重い知的障害を持つ人たちが通っている。

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ゆっくり織る人。踊るように、織る人

アドナイ・エレの織物は、全て自分たちで草木染めした糸で織られている。春はタンポポやマリーゴールド、夏は藍、秋になるとくるみやくりを拾う。自然の移り変わりが、そのまま色になる。取材した日は、泥藍で藍染めをしていた。糸を水にさらすと、さらに青は濃い青に変化する。染めあがったばかりの糸の束は、1つとして同じ色はない。「同じ色」が並ぶ光景に慣れているから、そんなことにも驚く。

織りの様子も、見せてもらった。ひと織りひと織りゆっくり時間をかける人。イヤホンで音楽を聴きながら、リズミカルに、踊るように織り機を動かす人。ここの織物の経糸(たていと)は全て木綿糸。力加減を調整できない人が、力を入れ過ぎてもいいように、丈夫な木綿糸にしているのだという。羊毛を紡いだ毛糸は、緯糸(よこいと)として使う。時折、草木染めした羊毛をそのまま織り込み、アクセントに。木綿と羊毛が合わさった風合いが、ここアドナイ・エレの布の特徴。彼らの「できない」を反対に、魅力に変えている。

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地域をあげて「毛刈り祭り」

毎年5月末に行われるひつじの「毛刈り祭り」は、いまや地域のお祭りとなり、今年も子どもから大人まで大勢の人たちでにぎわった。
「いつも職員しかいないのって、おもしろくないでしょ。せっかくなら、いろんな出会いを経験してもらいたい。それには、ここが自然と人が集まる場所じゃないと」(戸田さん)。彼らが生きる、モノづくりをしているこの場所こそが、アドナイ・エレの魅力。だから、ここに生きる人たちの日々が豊かになることに、全力を尽くす。

そうして出来上がるのは、世界にたった1つ、この時この場所でしかつくれない布。そんなふうに思って見れば、1つ1つの織り目まで、いとおしくなってくる。

※この記事は2014年8月発行の『コトノネ』11号の記事を再編集しています。

※写真:河野豊