片手ハンドルで、売上はトップクラス――ひまわり交通株式会社・国本正文さん(後編)

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くも膜下出血で倒れ、障害の残った国本正文さんは、一家の大黒柱として家族を養えない、もどかしい時間を過ごした後で、タクシー運転手という「天職」に出会った。障害のあるなしに関係なく、タクシー会社「ひまわり交通」のエースとして活躍する国本さんに、話を伺った。

ようやく、家族を食わせていける

はじめてみると、タクシーの仕事は、国本さんに向いていた。「電気屋が長かったんで、道にはまあまあ詳しかったんです。電柱が作業現場でしたから、番地までよく覚えていました」。はじめてすぐ、研修期間としては考えられないような金額の売上をあげた。乗務を教えてくれた先輩からは「お前、タクシー向いてるよ」と言われたそうだ。

困ったことは、車いすやスーツケースなど、重たい荷物を持たなければならないこと。倒れる前は、体力に自信もあって、力もあった。でも倒れてからは、片手しか使えず、なかなか持ち上がらない。体全体を使うようにすると持ち上がるが、慣れるまでは苦労した。コミュニケーションは、どうでしたか、と聞くと「言語障害だけど、ゆっくりしゃべったら、通じるんです」。お客様とは、行先を確認するくらいで、一言二言のやりとり。だから大半の人は、国本さんに麻痺があるとは気づかないという。「ときどきは『運転手さん、左手どうしたの』、ってお聞きになるお客様がいらっしゃいますね。そんなときは、『倒れてしまって、身体障害者なんですよ。すみません』とご説明します。するとほとんどの方は『ああ、いいよいいよ』っておっしゃってくださいます。不安に思うお客さんですか? 1人だけいらっしゃいました。『運転手さん、それで大丈夫なのか?』って。『大丈夫ですよ。もう5年やってますから。不安でしたら、ほかの車をお呼びしましょうか』とお伝えしたら、『いいよいいよ、乗せてくれ』って。それくらいですかね」。

お客様から励まされることもあると言う。「片手運転だから、気づく方は気づくんですよね。『脳梗塞?』って聞かれて。『くも膜下ですよ』って言うと、『がんばりな』って励ましてくれたりとか」。

「せっかち」だから工夫する

ひまわり交通株式会社で営業課長をつとめる小林裕希さんは「日勤の運転手さんの中では、1、2を争う売り上げじゃないでしょうか。夜勤を含めても、トップクラスだと思います」と国本さんを評価する。「明るい性格がいいんでしょうね。嫌味がない。だからこちらも、年下なんですけど遠慮なくいろいろ言える。ほかの人だと遠慮しちゃうんですよ。年齢が高くてこの仕事をはじめた人の中には、こちらがアドバイスや指示をすると、むくれちゃう人もいるんです。国本さんは、懐が広い。それより何より、やっぱり『自分がやらなきゃいけない』っていう気持ちが人一倍強いんじゃないですか」。すると国本さん、ちょっと照れて「せっかちなんですよ。せっかちなほうが、タクシー運転手に向いているんですよ」。すかさず小林さん「せっかちっていうか、なんか負けず嫌いだよね、国本さん。売上は自分が一番じゃなきゃ嫌だ、みたいな」と返す。国本さんとの掛け合いは、年齢の差を感じさせない。国本さんは「タクシー運転手というのは、おっとりしてたら売上をよそに持っていかれちゃうんですよ。だからせっかちの方がいい。あとは、無駄な動きをしないこと。自分で必要がないと思ったことはやらないし、売上を上げるために必要だと思ったことだけをやる」と言う。たとえば、A地点からB地点に移動するのに、一番距離の短いルートで行くのか、それともお客さんがいそうなところを通りながら遠回りして行くのか。朝や夕方、忙しくて黙っていてもお客さんがつかまる時間帯は、最短距離で駅などの待機場所に向かう。そうではない時間帯には、お客さんがいそうな場所を通る。「せっかちだから工夫するんですよ」と国本さん。運転席に収まってしまえば、障害のあるなしは関係ない。売上だけの勝負。そこがいい、と笑う。

70歳になっても乗り続けたい

今は朝6時から5時半の勤務。「夜勤はやりません。お酒が好きですから(笑)」と国本さん。晩酌は欠かさない。「だって、血圧が高くて倒れたんじゃないんだから。倒れる前から血圧は正常値でした。今も多少は上がりましたけど、まだまだ大丈夫」。

倒れたときは小さかった3人のお子さんも、今では長女が20歳、真ん中の長男が18歳、次女が18歳と大きくなった。くも膜下出血の後遺障害を抱えながら、3人を立派に育て上げた。でも「できれば体が動かなくなるまではやるつもりですよ。だってヒマですから(笑)。使ってくれるなら、70歳過ぎても、やるつもりです」とまだまだ意気盛んだ。

ひまわり交通では、国本さんのように障害があっても運転手として働ける人を募集していて、ホームページ上でも積極的に告知している。小林さんは「単純に人が足りないということもありますけれど、もったいないじゃないですか。障害があっても働けるのに、という思いがあって。国本さんのような方って、まだまだいらっしゃると思うんですけど、なんでチャレンジしてこないのかな、って思っています。はじめから募集していない、働けないと思い込んでいるのではないか、その誤解を解きたくて、ホームページでお知らせしているんです」と言う。

「タクシーは孤独な仕事ですけど、やっているうちに仲間もできます。僕は左手が使えないけど、足が不自由な人もいます。聴覚障害で補聴器をしている運転手もいるし、見た目にはわからないけど、人工透析をしている人もいます」と国本さん。

今日も、さまざまな障害を抱えた、国本さんのような「運転手の星」たちが、お互い、見守りながら、励ましあいながら、それぞれ頑張っている。

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※「ひまわり交通」の記事は、2015年8月発売の『コトノネ』15号に掲載されています。

写真:信澤邦彦