コトノネだらだら座談会 のぞき見版【8月24日 榊原正博さん】

第5回座談会でお話をしてくれたのは、障害者、高齢者が旅を楽しめるようにするNPO湘南バリアフリー・ツアー・センターで活動をしている榊原正博さんです。医療器メーカーで開発の仕事をされていましたが、患者さんが人工呼吸器をつけて、病室で寝たきりになっている姿と、その横で無表情で佇むご家族を見てきて、「自分がしたい医療はこれじゃない。違うものをつくりたい」と、スウェーデンへ飛びました。

「健康でいること」の考え方は、日本とスウェーデンでは違ったようです。日本には、病気になる要因を無くしていく医療に特化した考え方、スウェーデンには、「健康生成論」という健康になる力を強くしようとする社会福祉に特化した考え方があります。前者は、病院を退院できたとしても、また病気になって治療に戻ってしまうケースが多いのですが、後者はそれを根本的に見直す方法です。

そこには、ひとりひとりに合ったリハビリテーションの形、地域の人が生き生きと暮らしている人々の姿がありました。スウェーデンで学んできた「健康でいる」しくみを日本でも実現させたい。そう考えた榊原さんは、「旅」というテーマにたどりつき、先駆的に活動をしていた横浜ラポールの宮地秀行さんからアイデアをもらい、地域版の「旅リハ!」(旅+リハビリテーション)をはじめました。

健康でいるのに必要なことは、「食」「運動」「社会生活」。でも、全部自分でこなすのは難しい。でも、観光をしていると、おいしいものを食べる。いろんな体験をしたいから、歩き回わる。お店に行く。自分でも知らないうちにこの3つの要素をこなせてしまうのだそうです。

イベントがあっても障害者や高齢者が「外に出られない」ことは少なくありません。その人が障害を持っている、だから、外に出ていくことが難しいかというと「本当は、そうではない」と榊原さん。障害者が身体の機能を変えることはできませんが、環境を変えることはできます。榊原さんが取り組んだのは「参加できる環境づくり」でした。障害を持っている人や、ご家族、地域の人、その場に居合わせた人、そして、支援している人も安心できることを一番に考えて、徹底的に不安要因を取り除いていきます。来られない理由を潰して、来られる環境をつくると、外へ出てくることができるのです。

榊原さんが実行委員をつとめるイベント「鎌倉バリアフリービーチ」は、2017年で3回目。初回はボランティア88名、参加者20名でした。今年は、ボランティア160名、参加者50名と、さらに大きなイベントになっています。ここで、ユニークなのは、無茶ができること。首から下の感覚がない人が、顔に思いっきり水を浴びてみたいと言いました。普段なら「そんな危険なことを…」と反対されているところですが、イベント当日、医療専門のスタッフは「呼吸ができれば大丈夫」と答えました。専門スタッフを揃えて、万全の態勢でのぞんでいる、このイベントだからこそできる判断。その人は、顔ごと海に潜りこみました。顔を上げて「プハーッ」と、いい笑顔。
「この笑顔が見れたら、勝ちなんですよね」。榊原さんは、ニカリと笑いました。

また、イベントのタイトルにもひと工夫。「釣りリハ!」という、バリアフリー釣り舟を貸切にして、釣りを楽しむイベントは、実際、バリアだらけです。階段はあるし、桟橋はある、船に乗らないといけない…。そのイベントのタイトルが「バリアフリー船釣り」では「バリアばっかり」とクレームが来るでしょう。しかし、「釣りリハ!」(釣り+リハビリ)なら「船に乗れた」「釣りができた」と、バリアを越えることに目を向けることができるのです。

大事なのは、「バリアを越えられたという体験」だと榊原さん。バリアを越えること、何かの制限を超えることで楽しいと感じられるときに、人は健康的になります。病気でないから良いのではなくて、人生を楽しみ味わえる「well-being」な状態が、榊原さんがスウェーデンで見つけた「健康」の形でした。

次回のだらだら座談会でお話ししていただくのは、「江ノ島バリアフリーを作る会」の代表をされている小木曽正子さんです。