ドヤフェス~まっちゃきの生前葬~ 完全版

22号の「巻頭グラビア」と「新しいフクシの風」に登場いただいたまっちゃきこと、松崎匡さん。お願いした文字数を1000字もオーバーしたため、誌面で原稿を全文ご紹介できませんでした。Webに、完全版を掲載します!

なお、「第3回ドヤフェス~まっちゃき生前葬~」は2017年8月20日八王子で開催、詳細は順次、以下Webサイトに掲載される予定です。
https://matchaki.wixsite.com/doyafes

写真

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僕のがん履歴

2009年、たまたま行った人間ドックでこれまたたまたま入れた「腫瘍マーカー」に異常な数値が見つかって発覚した僕の肝臓がん…その後手術をして取れたものの、1年後に再発。それからは半年から1年に1回ペースで再発を繰り返し、2012年には当時経営していた福祉事業所の仕事のやり過ぎか?合併症で倒れ「余命半年」と言われたものの、医師の決断で手術に踏み切り生還。しかしその後も度重なる合併症と再発の波に飲み込まれて2014年に再度死にかけ、その後も病院にいる時間の方が長い生活を余儀なくされて会社を手放し、治療に専念。2015年には長短合わせて毎月1回は入院しているという状態になっていた。11月には突然の吐血での救急搬送でまたもや死にかけるも生き返り、その後は急激に回復し歩けるようになり、2016年福祉関係講座・研修の講師として社会復帰…かと思われた途端に再発。

現在9回目の再発と繰り返される合併症のおかげで治療法の選択肢がほぼなくなっている状況で、何故か元気に生活している…これが僕だ。…とかなり省略して書いてもこれだけ長くなってしまう僕のがん履歴ですが、何度かの死にかけ体験や再発から生還するたびに「今度退院したら何かやろう」と思うのだが、なかなか働くこともままならない状況では実行に移せない、という繰り返しだった。
2016年再発治療の結果が芳しくなく、抗がん剤の効き目がなくなってきていよいよ使える薬がもうなくなる…(手術はとっくに不可能)という状況を前にして、(もうこれが最後かもしれない。何かやろうと思うだけでなく、実際動くのには今の状況が最後のチャンスじゃないか?)と思うようになったことがこの「ドヤフェス」を開催するきっかけだった。

ドヤフェス…開催まで

2016年4月…9回目の再発が濃厚になって入院。(これが効かなきゃもうアウトだな)と思っていたのだが、検査数値に反して体はここ数年の状況では考えられないほど元気になり、いろいろ活動できそうなくらいになっていた。これだけ動けるのはここ数年なかったのだから、これはチャンスだと僕は思った。もう「治す」段階ではないことはわかっているのに、「治ったら何かやろう」は言い訳だと気づき、何かを実行することにした。
いろんながん患者のチャリティーはあるけど、がん患者から発信するチャリティーってないな…?もう治療法もなくなってきた僕が「これからがんになる(かもしれない)人」に向けて発信すること、僕みたいに健康を過信して保険にも入らず治療費に苦労しないように、あわてて仕事を辞めてますます困らないように、そしてがんになっても何度も再発しても前向きに生きていると結構楽しく生きられるんだぜ!ってことを身をもって示すことが出来れば、それが患者から「これからがんになる(かもしれない)人」に向けてのチャリティーじゃないか?と思い、卑屈にメソメソしながら生きるんじゃなくて「ドヤ顔」して生きようぜ!との思いと様々な思いを込めて「ドヤフェス」を開催することにしました。

そんな思いで始めたドヤフェス、たった1人で動き出し、僕が高校を選ぶ時に「この人の後輩になりたい」と選んだくらい尊敬する都立日野高校の先輩、故忌野清志郎さんにゆかりがある方たちを訪ねていき、やみくもに協力してくださいとお願いして回った。今思うと無謀で無礼な訪問と一方的なお願いだったのにも関わらず、快く会場を貸してくださった「神田SHOJIMARU」さん、出演を二つ返事で快諾してくださった「ギターパンダ(山川のりを)」さんをはじめ、多くの方が協力してくれて第1回ドヤフェスを無事開催することができた。
その第1回にお客さんで来てくれた僕の福祉関係の仕事での先輩が「まっちゃき、今度は町田でドヤフェスやろう!」と協賛を名乗り出てくれたことで第2回ドヤフェスが今回開催することが出来た。

おまけに「生前葬」もやってしまえ!

僕の現在の状況は、血液検査上は非常に悪くどんどん進行している。(正常値が13以下の腫瘍マーカーが現在2900)。何度も死にかけをクリアしてきているので慣れてはいるのだが、いよいよ治療法の選択肢がなくなってきている今、いつどうなるかはそんなに楽観的に思ってばかりもいられないのが本音だ。しかし、ドヤフェスを主宰するものとしてはこんなピンチこそ「ドヤ顔」しなければと思うようになったのがドヤフェスを開催したことで僕に起きた大きな変化であり、大きな進化であると思っている。

今回町田で開催するにあたって、協賛の天野さんたちと打ち合わせをする中で「こんな状況だからこそ何かふざけたことをしたい」と思い立ったのが「生前葬」だった。生前葬というと何だか厳かな感じを連想してしまうが、ドヤフェスなりにアレンジして考えると生前葬をやったはいいけど予想通りに死ななかったら、生前葬に参加した人はどう思うのか?を観るのも面白いじゃないか!生前葬は1度きりという法律もないし、何より今や僕の生きがいになっている「ドヤフェス」=生前葬と考えれば、何度も生前葬をやる、やれることってのは僕が「生きている」ってことで、それを「またやるの~?」というのはもともと僕が死ぬのを願っていたのか?ということになる???人間の心の面白さがわかるじゃないか!と大真面目に不真面目をやるのがモットーのドヤフェスとしては、これからどれだけ生前葬を開催できるのか?に挑戦していこうと思い、死ぬ死ぬ詐欺師と言えばドヤフェスといわれるまで頑張っていこうと思っております。そんな洒落に賛同してくれる人と沢山出会うのが僕の夢なのです。

写真:岸本 剛