それぞれの「やりたい」から、仕事をつくる――フリーデザインと中川茂さん(前編)

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中川茂さん

東京都足立区・西新井近辺に住んでいる人は、土曜日の朝、住宅街の中の小さな通りに、絵がずらりと並べられているのを見たことがあるかもしれない。それは「就労移行支援センター・フリーデザイン(以下、フリーデザインと略)」に通う、中川茂さんが描いた絵だ。「フリーデザイン」では、月に1回、土曜日に「アートマーケット」を開き、中川さんの絵を中心に、利用者のアート作品を施設の前で売っている。仕事を探して就労移行支援施設にやってきた中川さんが、絵を描き、それを路上で売るようになったのは、なぜなのだろうか。

絵の趣味が生かせる仕事なんて、なかなか、ない

中川さんが「Free Design」にやってきたのは、2年ほど前のこと。その時、64歳だった。「正直に言うと、就労はなかなかきびしいんじゃないかと思いました」、と打ち明けてくれたのは、「Free Design」の支援員で、精神保健福祉士の菊池将さん。「60歳過ぎての就職は、健常者でも難しい。障害者就労となると、なおさらです」。中川さんは精神に障害がある。また、長期の入院をしていたこともあって、長い時間働くことや、体力を要する作業も難しかった。中川さんに話を聞いていると、絵が長年の趣味であるということがわかった。若い頃は着物の絵付けの仕事をやっていたこともある。「フリーデザイン」に行こうと思ったのも、画材を買うお金が欲しかったからだ。「それなら、なにか絵の能力が活かせる仕事がいいんじゃないか」と、「フリーデザイン」の実習先の一つだった、傘の絵付けの仕事を、まずは実習としてやってもらうことにした。都内の有名デパートに卸すような高級な傘に、手描きで絵付けをする、まさに職人仕事。体力的にも負担が少なく、中川さんにはうってつけの仕事だと思われた。

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絵を描くことで、地域に「居場所」をつくる

しかしなかなかうまくはいかない。中川さんは、傘の絵付師を目指そうと頑張った。でも、能力と年齢の壁は高く、就労には至らなかった。目の肥えた顧客を満足させるようなクオリティの商品をつくるためには、それなりの技術と経験が必要になる。中川さんにはそこまでの技術はなく、またこれから経験を積むには年齢が高すぎた。どうしたらいいのか。そこで出てきたのが「アートマーケット」のアイデアだ。水彩絵の具で描いた中川さんの絵は、一点が3000円~5000円。「得意なのは、人物画ですかね。集中すれば、1点描くのに半日くらいです」と中川さん。絵は、そうそう売れるものではないが、販売の場があることで、絵を描くことにも張り合いが出る。

「Free Design」では、「アートマーケット」と同時に、地域の子どもたちとお母さんたちを集めて、「認知行動療法」のノウハウを生かしたコミュニケーションワークショップを開催している。将来的には、中川さんが先生となって、参加した親子に絵を教えるワークショップを行うことも考えている。マーケットで絵を売ったお金だけで生活が成り立つとは、菊池さんも、中川さん自身も思っていない。むしろこのマーケットは、中川さんと地域との「つながり」をつくる場所なのだ。お金を稼ぐ「仕事」でなくても、自分の「働き」が誰かの役に立つことがある。そのことで、自分の居場所ができる。特に中川さんのように一人で暮らす高齢の障害者にとっては、絵を売ることを通じて、地域の人とふれあい、自分のことを知ってもらうことが、まず何よりも必要なことなのだろう。