障害者が、「縁の下の力持ち」として、百貨店を支える――「東急百貨店 チームえんちか」と、松田成広さん(後編)

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脳梗塞を患い障害者となった松田成広さんの長年の思いが実を結び、東急百貨店たまプラーザ店に生まれた障害者雇用部門「チームえんちか」。サービス業である百貨店の中で障害者がどのように働くことができるのか。そこには、松田さんたちの試行錯誤と工夫があった。

売り場経験を活かし店内営業

東急百貨店たまプラーザ店に立ち上げた障害者雇用部門である「チームえんちか」。では、そこで働く障害者の仕事はどうするのか。ここで松田さんの売り場での経験が活きる。「販売の仕事の中で、どうしてもやらなくてはならないけれど、直接販売に関係しない業務があることはわかっていました」。伝票の宛名書きや、包装紙へのシール貼り、あるいはギフトBOXの箱折りなど。これらは「付帯業務」と言われ、売り場の運営には必要だが、同時に店員の稼働を取られ、販売に集中することを妨げていた。松田さんはこの付帯業務を切り分け、障害者の仕事にしようとした。倒れる前は売り場で働いていた。売り場での困り事ならよく知っている。ずっとたまプラーザ店にいたから、知り合いも多い。お昼時、社員食堂でかたっぱしから声をかけ「仕事はないか」と営業をして回った。

業務の特性を考え、知的障害者を採用することにした。部署の統括は松田さんと、もともと人事にいた大野麻耶さんが行うことになった。松田さん自身は障害者だが、松田さんも、大野さんも、知的障害者と一緒に働いた経験はない。不安はあったが、やるしかなかった。養護学校の実習を通じ、まず2012年に1名、翌2013年には5人を採用、総勢6人でチームを立ち上げた。「採用したからには百貨店の一員。他の社員と変わらずに接する」と、特別扱いはしない。納品などで営業中でも積極的に売り場に出してもらうため、男性はスーツにネクタイ、女性は制服の着用が基本。いつ見られているかわからない。緊張感を持って仕事にあたってもらうためだ。仕事も「できればよい」というのではなく、速さ、質、量で結果を求める。だから時には厳しい言葉も飛ぶ。

もう一つ大事なことは、社会人・企業人として成長してもらうこと。これも他の社員と同じだ。仕事ができるようになっても、自立した生活が送れなくては意味がない。だから、「社会保険料」や「有給休暇」など、給与や会社の制度については、親に伝えてよしとするのではなく、必ず本人たちに理解してもらうようにしている。「雇用するということは、これから長く続くであろう彼らの社会人生活をサポートしていくということ。もちろん今から彼らの将来を見通すことなんてできませんが、現在のことだけでなく、少し先のことも考えないといけないと考えています」と松田さん。

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少しずつ、売り場を変えていく

「えんちか」のメンバーの活躍は、少しずつではあるが店内全体に浸透しつつある。彼らの登場によって、売り場の考え方が変わってきたという。自分たちの業務を見直し、『これは彼らに頼めるんじゃないか』など効率化を考え実行するようになったのだそうだ。頼んでみれば、彼ら「えんちか」のメンバーが、売り場の人間よりも丁寧で正確に仕事をすることがわかる。わかれば安心し、信頼して次も仕事を頼む。いいサイクルができているという。

午後3時。休憩を終えた「えんちか」のメンバーが次々に戻ってきた。仕事について聞いてみると、誰もが口をそろえて「仕事は楽しい」という。松田さんってどんな人? と聞いたら、「親方みたいな人」という。厳しいけれど、上手にできたら褒めてくれる、という意味のようだ。「チームえんちか」で働く「縁の下の力持ち」は、たまプラーザ店を少しづつ変え、そして更に、東急百貨店の障害者雇用を変えようとしている。

※2013年11月発行の『コトノネ』8号に掲載された記事を再編集しています。

写真:信澤邦彦